54話
ガチャ
黒を基調とした重厚感のあるドアを開けて中に入ったが、遥香の姿が見当たらない。
電気も点いているし、荷物も置いてあるから誰かが居たのは確かだ。
一度部屋の外に出て、ドアに書かれたアルファベットを確認する。
そこにはちゃんと手のひらサイズの大きさでKと書いてあった。
ジュースを入れに行ったのかと思ったが、この部屋に来るまでに通ったドリンクバーのコーナーには遥香らしき高校生はいなかった。
僕は無駄な居場所の推測をやめ、置いてある荷物と対面のソファーに座った。
作詞の宿題も終わっているし、特にすることはない。
遥香が戻ってくるまで本でも読むことにした。
1ページ、2ページと読み進めていくうちに、本の内容よりも遥香の居場所が気になってくる。
10ページ目に差し掛かったところで僕は本を閉じた。
「遅いなぁ」
僕は思い切って遥香に電話をすることにした。
プルプルプル プルプルプル
右耳に充てたスマホが遥香を呼んでいる。
しかし、呼び出したタイミングで部屋中にピアノの音色が流れ始めた。
静と動の緩急が激しい、飛び跳ねるようなイントロとは違い、静かに流れるような音の重なりから始まるこの曲。
僕が初めて作曲した【空歌】だった。
Aメロが流れる前に慌てて電話を切ると、イントロの途中で音は止まった。
この曲のデモテープを持っているのは僕と遥香だけのはずだ。
僕は立ち上がり、音の聞こえた方に近づいたがスマホは見当たらない。
置いてある遥香のリュックは開いていて、申し訳ない気持ちはありつつも中身を確認したがやはりスマホは入っていなかった。
僕はもう一度だけ遥香を呼び出すことにした。
プルプルプル プルプルプル
僕のスマホの呼び出し音とともに、また部屋のどこかでイントロが流れ始めた。
電話を切らず、響き渡るピアノの音を頼りに、遥香のスマホの在りかを探した。
出来ることなら、僕の不安定な歌い出しが聞こえてくるまでに見つけ出したいところだが、リュックの中以外に見当がつかない。
しかも、着信音はさっき確認したはずのリュックから聞こえてくるのだ。
もう一度リュックの中を見るために持ち上げてみると、ピアノの音がより鮮明に聞こえてきた。
「なんだ、リュックの下かよ」
彼女のスマホを取ろうと手を伸ばした時、画面に表示された着信相手の名前に違和感があった。
よく見てみると、それは確かに僕を証明する名前ではなかった。
【MY ALLY】