53話
目を開けると、遠足の日からタイムスリップしてきたような感覚だった。
両手を握られていた感覚もじんわりとあるが、ただの幻想に過ぎなかった。
「何かやろうとしてたことがあったような……」
屋上から下を覗くと、真っ白な練習着に着替えた拓実が下駄箱から出てくるのが見えた。
「あっ」
思い出した。
遥香がいるであろうあの場所に行くつもりだった。
僕は置いていたリュックを背負い、1階の下駄箱へ向かった。
階段を下りていると、吹奏楽部の演奏している曲が聞こえてくる。
これは最近若者の間で流行っている曲である。
最後のサビで転調するのだが、それが曲の雰囲気をガラッと変える。
誰も予想できなかったそのメロディーの面白さが若者にハマり、一躍有名になった。
何より聞いていて気持ちがいい曲なのだ。
しかも、歌詞がメロディーに引けを取らないのがこの曲の素晴らしいところである。
自分自身の心境の変化を書いたストーリー性のある歌詞で、徐々に自分の考え方や信じていたものが間違っていたことに気付いていく。
歌詞の中には【死にたい】などの重たい言葉を使ったり、聞いている人へ問いかけがあったりと随所に光るものがある。
しかし、吹奏楽部の演奏には歌唱がないから、少し物足りなさを感じた。
ピロリン
ズボンの右ポケットに入っているスマホが鳴った。遥香からだった。
――― 明日だよ? 作詞の発表会。忘れてないよね? ―――
もちろん忘れてなんかいない。ちゃんと完成もしている。
昨日の夜、眠い目をこすりながら最後まで書き上げたのだ。
――― 分かってるよ。もう終わってる ―――
二言目は必要ではなかっただろう。ただの自慢でしかない。
――― 早いじゃん! ちなみに祐は今何してるの? ―――
友達から褒められると嬉しい。この文面を褒めていると捉えるのが僕の甘いところだ。
――― 今はまだ学校。これから部室にでも行こうかなって ―――
――― ほんと? 私もさっき部室に着いたよ! ―――
やはり遥香はそこに向かっていたようだ。
それにしても、僕と遥香があのKの部屋を当たり前のように部室として認識してしまっているのは我ながらヤバイと思った。
――― じゃあ僕も今から向かうよ ―――
――― はーい。待ってるね! ―――
二人で紡いだ文字が並ぶ画面を閉じ、スマホをまた右ポケットにしまった。
さっきまで流れていた曲はいつの間にか終わっていて、今度は数年前に流行ったドラマの主題歌が廊下に響いていた。




