50話
それからは当たり障りのない話が続いた。
好きな教科や好きな給食のメニューなど、さほど盛り上がることもなく、ただただ山道をひたすらに歩き続けた。
「見えてきたよ!」
山に囲まれた道の奥に見えてきたのは海だった。
「実は私ね、あまり海行ったことなくて……」
「僕も」
「え! ほんと? それは良かった!」
久しぶりの海に僕もテンションが上がった。
気付けば言葉を発していた。
「走ろうよ」
そいつは驚いた顔を見せる。
「えっ、意外と北野くんもテンション上がってんじゃん。いいよ、じゃあ海まで競争ね」
「競争なんてしたら危ないよ。ほら、手繋いで一緒に行こ?」
「へへっ。北野くんにも男らしいとこあるんだね」
僕達は手を繋いで海まで走った。
ここまでの暑くて長い道のりのことなんてさっぱり忘れて、目の前のオアシスを目指し、一生懸命足を前に出した。
小学五年生の男女二人が、見知らぬ山を越え、太陽の強烈な日差しに耐え、まだ見ぬ世界に心弾ませて走り続けた。
「到着~!」
平日だからか砂浜には僕達しかいない。貸し切り状態だった。
「すご~い!」
僕は海を見つめながら返答する。
「とっても綺麗だね」
果てしなく続く海と真っ青な空の相性は抜群に良い。
「水冷たいかな? ねぇ、北野くん触ってみて~」
「僕が? まぁいいけど」
履いていた学校指定の運動靴と白い靴下を脱ぎ、波打ち際まで歩いた。
砕けた貝殻や枝の分かれた流木に気を付けながら慎重に。
しかし、あと少しで海水に触れるって時に、後ろから誰かが僕を押した。
誰が押したかなんて確認しなくてもすぐに分かる。
だって、この砂浜にいるのは僕とあいつだけなんだから。
倒れるように海へ飛び込んだ僕を見てそいつは笑った。
「あはははは。北野くんビショビショじゃん!」
「おい。何すんだよ!」
「ごめんごめん。そんな怒らないでよ~」
『非暴力・不服従』を唱えたあのガンジーでさえ、こんなことをされたら怒るに決まってる。
「で、どう? 冷たい?」
「冷たいよ。君も入ってみたらいいじゃん」
「そうだね」
彼女も僕とお揃いの靴と、くるぶしが見える短い靴下を脱いで、僕の待つ波打ち際まで歩いてくる。
僕は腹立たしさといたずら心がふつふつと込み上げてきて、こっちに歩いてくる彼女に冷たい海水を掛けてやった。
「うわ~。冷た~!」
彼女を怒らせるつもりでやった行為のはずが、すごく嬉しそうに笑ってやがる。
「なんでそんな楽しそうなの?」
「だって、ここ海だよ? 北野くんも楽しいでしょ?」
「こんなに濡れてなかったらね」
「へへっ」
彼女も勢いよく海に飛び込んだ。
その反動で跳ねた海水が僕に掛かる。
彼女の自由奔放さには呆れを通り越して、もうどうでもよかった。
それからは海でできることを全部やった。
泳いだり、砂浜を走ったり、穴を掘ったりと、二人で遠足というイベントを満喫した。




