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アイをトル  作者: 冬夜風 真愛
47/54

47話


 全員が並び終わると、まずはいちご農家のおじいちゃんから、作っているいちごについての説明があった。

 その8割が自慢話で、真上から射す強烈な太陽の暑さと相まって頭がぼーっとした。

 話が終わると、ようやくビニールハウスの中へ入ることが出来た。

 緑の中にぽつぽつと大小様々の赤があり、それがいちごだと気付いたときに初めて、いちごは木から生るんじゃないんだと知った。

 前の人から回されてきたプラスチックの容器。

 二つのくぼみがあり、片方にはすでにたっぷりと練乳が入っていた。

 それを手にすると、普段クールを気取っている僕でもワクワクと胸が高鳴った。


「右が練乳で左がいちごのヘタを入れるところですよー。地面にヘタを捨てないようにねー」


 その先生の言葉を合図にいちご狩りがスタートした。

 みんな満面の笑みを浮かべ、大きないちご目掛けて散らばっていく。

 僕もビニールハウスの端に生っているいちごを狙って、足を踏み出した瞬間、僕の右腕を誰かが掴んだ。



「今がチャンスかも」



 あいつだ。



「え、本当に抜け出すの?」



「うん。ほら、行くよ」



 僕の腕を強引に引っ張り、光り輝くいちごから遠ざけていく。

 一瞬にして僕はビニールハウスの外に連れ出された。

 外にはバスの運転手さんがスマホを見て時間を潰しているようだ。

 バレないように小走りで、乗ってきたバスの陰に身を隠した。


「走るよ! 準備はいい?」


「や、やっぱりやめとこうよ。こんなの……」


 僕は掴まれた手を振り払った。



「男なら覚悟決めなさい!」



 耳元で発せられたその言葉に驚いて、僕は持っていたプラスチックの容器を下に落としてしまった。

 僕によって消費される運命だった練乳が地面に飛び散る。

 なぜだろう。土の上に散乱した練乳を見て、いちごをたらふく食べられるあのビニールハウスへ戻りたいという気持ちが減少していった。

 いちごという果物は練乳の有無で「価値」が変わることが分かった。


「しょうがないなぁ。分かったよ」


 覚悟を決めたというより、もうどうでも良かった。

 別に元々遠足を楽しむつもりじゃなかったのだから。



「よし、じゃあ行くよ!」



 不敵な笑みを浮かべるそいつは、すでにプラスチックの容器を持っていなかった。

 


 その後は地獄だった。

 バスで通った山道を彼女のペースでただひたすらに走らされる羽目になる。



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