46話
「到着しましたー。運転手さんにしっかりお礼を言ってバスから降りてくださいねー」
先生の声がバスの中に響く。
運転手さんもこの後何十人の子供たちからお礼を言われると思うと、運転席から出るに出られなかっただろう。
僕はシートベルトを外し、足元に置いていたカバンを背負う。
前の席に座っていた先生の後に続いてバスを降りた。
「ありがとうございました」
言われた通りお礼を言うと、運転手さんも会釈をしてくれた。
見るからに優しそうなおじさんだ。
外に出ると、そこは一面緑だった。
山に囲まれた場所にポツンとあるビニールハウス。
この中にお目当てのいちごがあるのらしい。
僕達はそのビニールハウスの前に背の順で並んでいく。
心弾ませるクラスメイトが多く、先生も生徒を並ばせるのに手一杯だった。
「先生大変そうだね」
明らかに僕へ向けて発せられた言葉で、声がした方を見るとそこには自己中車酔い女がいた。
「そ、そうだけど、なんで君がここにいるの?」
彼女は僕より背が高いから、もっと後ろにいなければいけないはずだ。
「え? 何言ってるの? ここで合ってるじゃん」
「いや、あの、もっと後ろでしょ、僕より背が高いんだから」
「あー、もしかして北野くんって先生の話聞かないタイプ?」
「え、でも背の順って言ってなかった?」
「違うよ~。名前順って言ってたよ」
「あれ、そうだっけ……。それはごめん」
ふふふっと目を細めて笑う彼女に、ほんの少しだけドキッとした。
「あのさぁ、実は北野くんにお願いがあるんだけど……いい?」
「な、何?」
「途中でさぁ、一緒に抜け出そうよ」
「はぁ?」
彼女の発した言葉が頭をすり抜けていった。
人間という生き物は皆、お願いの許容範囲が定められていて、その範囲を超えたお願いを言われた時、頭が勝手に受け流してしまう習性がある。
「だから、抜けだしてどっか行こって!」
「ば、馬鹿じゃないの?」
僕達はまだ小学五年生。
もしこんなことが先生にバレたりなんてすると、途中で遠足が中止になる可能性は大いにあり得る。
遠足を楽しみにしているクラスメイトから何を言われるか、考えただけで身震いする。
「あ、分かった~。もしかして北野くん怖いの~?」
「ち、違うよ。そうじゃないし」
「じゃあいいじゃん。ねぇお願い?」
彼女は僕の制服の袖を引っ張る。
「……どこに行くつもり?」
「内緒」
尚更行きたくない。
こいつは何を考えているのか想像ができない。
「こらー。そこの二人いつまで話してるの!」
先生が僕達を指差して注意してきた。
一斉にクラスメイトが僕達の方を向く。
「へへっ。ごめんなさい」
隣の彼女は下を向きながら笑って謝った。
僕も頷く程度に頭を下げた。




