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アイをトル  作者: 冬夜風 真愛
44/54

44話


 今日は学校からバスに乗って、いちご狩り体験をしにやってきた。

 バスの中は、遠足という非日常的なイベントに舞い上がっているクラスメイトが騒いでいた。

 僕は車酔いしやすいタイプだからバスの前側の席に座る。

 一緒に座ろうなんて約束は誰ともしていないし、もしかしたら1人で静かに過ごせるのかもしれないと心を弾ませていた。

 しかし、僕と同じく車酔いしやすい子がもう1人いた。

 その子と一緒に座るよう先生にお願いされ、僕はそれを渋々承諾した。


「北野くん……だったよね?」


「そ、そうだよ」


「ごめんね。私すごく酔いやすくて、出来れば窓側の席がいいんだけどいいかな?」


「ぜ、全然いいよ」


 僕は一旦通路に出て、その子に窓側の席を譲ってあげた。

 僕が席に座るとまもなくして、バスは学校を出発した。


 出発してすぐ、担任の先生がマイクを使って今日の予定や注意事項を話し始めた。

 注意事項の内容は当たり前のことばかりで、先生の言うことをしっかり守ることや、いちごは食べられる分だけ採ることなど長々と話している。

 隣を見ると、その子は目を閉じてスースーと寝息を立てていた。

 寝るなら別に窓側の席じゃなくて良かったじゃないかと少し腹が立ったが、さっき先生が言った注意事項の中に『自分が言われて嫌なことは人に言わない』というのがあったのを思い出し、自分の心の中で押し殺すことにした。


 それにしても車内は騒がしく、定番のしりとりや恋バナなどで大いに盛り上がっている。

 学校から目的地まで二時間ほど掛かるらしい。

 隣に座った子は寝ているし、話し相手もいない。

 僕もいっそのこと寝てしまおうかと思ったが、あいにく眠気の『ね』の字すらなかった。

 昨日の夜、今日の遠足に備えて、早く布団に入ってしまったからだ。

 僕はカバンの中からビニール袋を取り出した。

 隣の子が起きないよう慎重に引っ張り上げたが、相手はビニールだ。

 ガサガサと擦れる音には抗えなかった。

 恐る恐る隣を確認すると、まだその子は起きていないようだった。


「ふぅ」


 相手を思いやることは、なんて神経をすり減らす行為なんだ、とこの時ふと思った。

 僕は音を立てないよう、ゆっくりとビニール袋を開ける。

 中身は三百円以内で買ったお菓子だ。遠足の醍醐味は金額を制限された中でお菓子を買うことだろう。

 僕は昨日の夕方、母とスーパーへ買いに行った。

 値段を確認して三百円以内に収まるよう計算しながら、好きなお菓子、食べてみたいお菓子をかごに入れていく。やはりこの時が一番楽しい。


 お会計をしていると、僕の計算が間違っていたのか、金額が『三百十円』になってしまった。

 しかし、母は全部買ってくれた。


 その買い物の帰り道。


「祐、明日の遠足楽しんできなよ~」


「うん」


「あ、そういえば、お菓子は三百円以内って言われたでしょ。十円分多かったわよ」


「ごめんなさい。ちゃんと計算したはずなんだけど……」


「決められたルールはしっかり守らなきゃダメよ。だから……」


 母は僕を見てニコッと笑った。


「今一つ食べちゃいなさい」


「えっ。いいの?」


「明日の遠足で三百円以内のお菓子を持っていくには、今ここで十円分のお菓子を食べちゃえばいいのよ。三百円以上買ったらダメなんじゃないの。持っていくのがダメなだけよ」


 母は十円のキャンディーを僕に手渡した。コーラ味の酸っぱいキャンディーだ。


「いただきます」


 家に着くまで、その少し大きなキャンディーは口の中で転がり続けた。


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