40話
それからはお互い目を合わすことも会話をすることも部屋を出ることもなく、作詞と向き合った。
スマホの時計を見ると夕方の六時を回っている。
部活が始まって二時間が過ぎていたようだ。
「遥香、そろそろお開きの時間だよ」
「え、もうそんな時間?」
「そうだよ。六時過ぎてるし」
「え~。時間過ぎるのって本当に早いなぁ。ねぇ、祐もそう思わない?」
「そうだね」
「本当に思ってるの? 全然そう思っているように見えないんだけど」
「思ってるよ」
僕はテーブルの上に開かれたノートを閉じて、リュックに入れた。
部屋中にコーヒーの匂いが充満している。
今頃になってそれに気付いたのは、作詞に没頭していた証とも言えるだろうか。
「さぁ帰ろ。遥香も早く片付けて」
「うん。ちょっと待って」
遥香はルーズリーフを水玉模様のファイルに閉じ始めた。
よほど疲れたのか、遥香の目は半分しか開いていない。
「なに、眠たいの?」
「わ、よく分かったね。すごく眠たい」
「でしょうね。目がほとんど開いてないもん」
「へへっ」
笑った時の遥香の目はもう開いてすらいなかった。しかし、口はよく開く。
「祐はどこまで進んだ?」
「二番ももう終わるよ。今日で結構進んだし」
「え。始まる前はなんも書けてなかったじゃん」
「そうだったけど、今日はスラスラ言葉が出てきたんだよね」
「へー。じゃあ明日には完成しそうだね」
「いやいや、それはまだ分かんないよ」
「終わるでしょ! そこまで書けたら」
「頑張ってみるけど、明日までに完成するとは言い切れないかな」
「じゃあさ、明後日の部活で見せ合うことにしようよ」
その遥香の提案に拒否権はなかった。
いきなり突き付けられたタイムリミットに僕は動揺した。
自分のタイミングで提出できると思っていたが、現実はそう甘くなかった。
「明日の部活はどうするの?」
「特に集まってやるっていうのは明日はなしにしよう」
「え?」
「別にここに来て作詞の続きやってもいいけど、強制はしないってこと」
「ふーん。分かった」
僕はリュックを背負い、ソファーから立ち上がる。
遥香はまたソファーに寝転がり始めたから、放って帰ることにした。
「じゃあ先帰るわ」
僕はそう言って、部屋の扉に向かって歩き出した。
「ちなみに遥香は明日もここに来るの?」
背中を向けたまま聞いてみたが、肝心の返事が返ってこない。
気になって後ろを振り返ってみると、遥香はうつ伏せで眠っていた。
あの日と同じ光景が目の前に広がっている。
僕は眠っている遥香を起こさないように音を立てず部屋を後にした。




