39話
とりあえずサビ前までをノートに書いていく。
今更書き換えるなんてことはしたくないから、自分の気持ちが変わってしまう前に一気にボールペンで書いていった。
「祐、すごいね」
顔を上げると、遥香が驚いた顔で僕を見ていた。
相当引いているようだ。
「もう頭の中にサビ前までは考えてたんだ」
「そうなんだ。少しびっくりしちゃった」
「ごめんごめん」
「いやいや、全然謝ることじゃないけど」
また二人は作詞の作業に戻る。
さっきまで真っ白だったノートが、今では僕の乱雑な字が半分を占めている。
とにかく、これからはサビだ。
今日の部活が終わるまでに完成していればいいが……。
ふと気になったことがある。
「遥香はなんのテーマで作詞してるの?」
見るなとは言われたが、テーマくらい教えてくれてもいい。
「特に決めてないんだよね~」
「えっ。そんなのありなの?」
「全然ありだよ。てゆうか、誰が絶対いるって言ったのよ」
記憶を遡ってみたけど、確かに誰がそう言っていたのか思い出せなかった。
もしかすると遥香の言っている通り、誰もそんなこと言っていなかったのかもしれない。
「ねぇねぇ、祐に質問してもいい? 作詞のことでなんだけど」
「別にいいよ」
「ありがと。じゃあよく聞いててね」
遥香はシャープペンを机に置いて、ソファーの背にもたれかかった。
「祐が歩道橋に登ったとします。その歩道橋を降りる手段は全部で四つあります。さぁ、あなたはどれを選びますか?」
「何? 心理テスト?」
想像していた質問と違ったからか、自然と笑いが込み上げてきた。
「違うに決まってるじゃん。とりあえず選択肢言うから」
「うん」
「一つ目は階段。二つ目がスロープ。三つ目がエレベーター、そして四つ目が滑り台」
「す、滑り台?」
「もちろんこんな歩道橋があったとしての話だよ」
滑り台がある歩道橋は今までに見たことがない。
そんな遊び心のある歩道橋がもし本当に存在するのなら一度は見てみたいと思った。
「絶対心理テストじゃん」
「だから違うって~。しつこいなぁ」
少し不機嫌になったのが目に見えて分かった。
「ごめんごめん。えーっと、僕ならエレベーターかな」
「エレベーターか。まぁ楽だしね」
「うん。それで何?」
「じゃあさ、もしそのエレベーターに人がいっぱい並んでたらどうする?」
「うーん、その時は階段にするかも」
「じゃあ、祐が自転車に乗っていたとしたら?」
間髪を入れず、次々と質問が飛んでくる。
僕はちゃんと考えながらも、すぐに答えるよう心掛けた。
「それはもちろんスロープで降りるよ」
「それじゃあ、真夜中で周りに誰もいなかったとしたら?」
「あー、それなら滑り台で降りちゃうかもなぁ」
僕が回答するたびに遥香はルーズリーフの端に小さくメモを取る。
僕の座っている位置からは、文字が小さすぎて読み取ることが出来なかった。
「ふ~ん。ありがと」
「は?」
「質問はこれで終わり。参考にさせてもらうね」
「いやいや、怖いんですけど。ちゃんと解説してよ」
「や~だね。歌詞の完成をお楽しみに」
「なんだよそれ。意味分かんないわ」
「うふふ」
遥香は大きな目を細めて笑った。
笑ってごまかせると思ったら大間違いだが、これ以上深く詮索しても平行線のような気がした。
僕は好奇心を抑え、この話から身を引いた。




