38話
「え~。祐の意地悪~!」
「もしかして遥香も何か欲しかったの?」
「もういいよ。ほんと優しさの欠片もないんだから」
「いや、言ってくれたら取って来たのに」
遥香は口をプクっと膨らませ、またせわしなく手を動かし始めた。
僕もソファーに腰を下ろしノートと向き合う。
「遥香は曲名から決めてるの?」
なんといっても遥香は作詞部の先輩にあたる。分からないことがあれば聞けばいい。
「私は曲名を一番最後に考えるかなぁ。だって難しくない?」
「やっぱそうだよね」
「うん。でも、まずは歌詞が書けないと話になんないからね」
最後の言葉が僕の胸をギュッと締めつける。
遥香から遠回しに警告されているように感じた。
『そろそろ宿題出せよ』『曲名なんかに時間掛けてる場合じゃないだろ』と。
僕はノートの一番上から五行空けて作詞を始めた。
その五行は曲名と作詞者名、作曲者名を書くためのスペースで、本題は六行目からだ。
僕は一番最初の歌詞で曲の印象が決まると思っている。
サビのインパクトよりも、イントロ後の歌いだしの歌詞を重視するタイプなのだ。
その小さなこだわりが自分の首を絞めている。
いや、厳密に言えば自分の首を絞めていた、だ。
実はもう、一番のサビ前までは思い浮かんでいる。
【 他人に自分のことを知られるのが好きじゃない
だから毎日足元ばかり見てしまう
いつ見てても地面は話しかけてこないし 僕と同じで無口なのかな
これからもずっと仲良くしてねって声を掛けてみても返事なんてあるはずないか
別に空が嫌いなわけじゃないんだよ
僕はただ他人との会話のきっかけを作りたくないだけなんだ
どれだけ無視しても空は怒らないし 僕と同じで優しいんだね
嫌いにならないでねって声を掛けてみてもやっぱり返事なんてあるはずないか 】
今日の六限目は数学の授業だった。
黒板に書かれていく人生に不必要な公式たちをノートに写しながらも、頭の中は作詞のことでいっぱいだった。
授業開始のチャイムから終了のチャイムまでの五十分間、頭と手をフル稼働させていたからか一瞬で時間は過ぎていった。
しかし、出来上がったのがサビの前までだったのは誤算である。
せめて1番のサビまでは完成させておく予定だったからだ。
初心者なりにこだわりすぎたのかもしれないが、やはり誰かに評価してもらわなければ良し悪しが分からない。
そんなこんなで今に至る。




