36話
「おっ、じゃあ話聞かせてよ」
「いいよ。その子の名前は未音」
好きな人を聞かれて、こんなに早く打ち明けられる奴はなかなか珍しい。
しかし、もっと深く聞いてみると、彼が言う好きな人の概念と僕の想像していた答えに決定的な違いがあったことが分かった。
「みお? 誰だっけ?」
「ベランダカラーのメンバーの一人」
ベランダカラーとは、今大人気の女性アイドルグループのことだ。
『ベラカラ』と略して呼ばれていて、最近僕の耳にもよく入ってくるようになった。
特にカラオケ屋では毎日ベラカラの最新シングル曲が流れているほど、ベラカラは現代の社会現象となっている。
未音はそのグループのメンバーらしい。
「俺、実はアイドルが好きなんだ」
「へぇー、そうなんだ。いいじゃん」
「このグループってさぁ、全員で三十八人にいんだけど、ほんとにみんなすげー可愛いんだよ」
「知ってるよ」
「えっ、北野っちもベラカラ知ってんの?」
「最近よく聞くからね。全然詳しくはないんだけど、センターの子と新しい曲ぐらいは知ってる」
「それは嬉しいな」
恥ずかしさからか少し顔を赤くした拓実は優しく笑った。
「アイドル好きをあんまり良く思ってねぇ奴いんじゃん? だからさぁ、みんなの前では言いづらくてさ」
「あー、そういう奴いるいる」
「北野っちはそんな感じじゃないと思って言ってみたけど……」
「大丈夫だよ。僕も可愛いと思うし」
「良かった。でさぁ、未音って子はもちろん可愛くて、何よりグループ一の努力家なんだよ。俺はそこに惹かれたというか」
拓実はスマホを開いて、画面を僕に見せた。
そこには可愛いというより美しいという言葉がピッタリな女の子が映っていた。
この子が未音なのだろうか。
僕はこの子の存在を知らなかった。
「僕は見たことないかも」
「やっぱりそうだよな。だって未音はあんまりテレビに映らないんだ」
「えっ? なんで?」
「ベラカラはメンバーが多いから、シングル曲に参加できる子って限られてくるんだよ」
「へー、知らなかった。みんな出てるんだと思ってた」
「そうなんだよ。未音はそのメンバーに入ることが本当に少なくてさ」
あんなに大人気のアイドルグループでも、メンバー内でメディアへの露出頻度に個人差があるらしい。
しかも、あんなに綺麗な子でもそのメンバーに入ることができないなんて信じられなかった。
「でもな、みんな笑顔で頑張ってんだよ。出ている子も出ていない子も必死にやってる。俺にはそれがすげー伝わってくるんだ」
拓実は俯きながらそう続けた。
彼は本当にエース気質のある熱い男だ。
「そんな頑張ってる未音が俺は好きなんだ」
「そっかぁ」
「おう。残念だけど、この話はここまでだな。俺の家あっちだから」
「あっ、うん。教えてくれてありがと」
「全然。逆にまた話聞いてよ」
「もちろん。じゃあ」
「じゃあな」
僕達は手を振り合って、別々の道を歩き始めた。
恋とはなんだろうか。拓実の話を聞いてますます分からなくなった。




