35話
僕は遥香と電話をした日から変わったことがある。
それは、音楽を聴くようになったことだ。
流行りの曲から昔の名曲まで広いジャンルを聞くようにしている。
作詞をしながら聞いているとうっかりそのまま書きそうになるから、聞くのは登下校中とお風呂に入っている時だけと決めている。
そして、変わったことがもう1つある。
前より友達と話すようになった。
これまでは一人で読書をするか、窓の外の景色を眺めているだけだったが、今は割と積極的に会話に入りに行くことが多い。
僕の急な変わりようには、やはりクラスのみんなも驚いていた。
担任の先生もその変化に気づいたようで、わざわざ放課後に僕を呼び出して、こんなことを言ってきた。
「お母さんの件もあったし、辛かったら相談していいんだぞ。無理に変わろうとしなくてもいいからな」
呆れた。
別に無理なんかしてるつもりはない。余計なお世話だ。
適当に相槌を打って会話を終わらせ、僕は下駄箱へ急いだ。
今日も部活に行かなくちゃいけない。
「よっ!」
下駄箱に続く廊下を歩いていると、クラスメイトの男の子が右手を挙げてこっちに向かってきた。
彼の名前は、伊藤 拓実。
クラスの中では唯一のいじられキャラで、正真正銘の陽キャだ。
スポーツはなんでも出来るし、何やらサッカー部のエース候補だとも聞いた。
そんな奴が僕に何の用があるのだろう。
「北野っちが先生に呼ばれるって珍しいな。何かあった?」
北野っち。こんな珍しい呼び方をするのは後にもこいつだけだ。
「特に何も」
「おいおいおい。隠すなよ~」
「隠してないよ」
「まぁなんでもいいけどさぁ。てか、北野っちは今から部活あんの?」
「あるよ。今から向かうとこ」
「なんだっけ? 作詞部だっけ?」
「そうそう。なんで知ってるの?」
「直道から聞いた。駅前のカラオケでやってんだろ?」
「そうだよ」
「すげーな。金もったいなくね?」
伊藤は笑ってそう言った。
正直それは僕も思っていることだった。
「部が承認されるまでの我慢だよ」
「そっか。俺今日部活休みだし、途中まで一緒に帰ろうぜ」
「うん」
僕達は下駄箱で靴を履き替え、校門に向かった。
今日もせっせと男子バスケ部の連中が走っている。
「あっ。拓実に聞きたいことがあるんだけど」
「ん? どうした?」
いつも拓実と呼んでいるかのようにさりげなく呼んでみたが、これが初めてだった。
彼は特に気にしている様子はない。これからは拓実と呼ぶことにしよう。
「あのさぁ、拓実って恋したことある?」
我ながらふざけた質問だと思った。
「あはは。北野っちってやっぱり変わってるよな」
「そうかな。そんな自覚ないけど」
僕は『やっぱり』って言葉に少し引っかかったが、今回は見逃してやることにした。
「恋かぁ……。あるよ」
拓実はそう言いながら僕の顔を見た。




