34話
僕は家に帰ってからも作詞に没頭した。
おばあちゃんと話しながら夕飯を食べ、お風呂に入って作詞をする。
非日常的な時間を過ごすのも悪くないと思った。
ただ、楽しさはまだ味わえていなかった。
それは自分の歌詞に納得がいってないからなのかもしれない。
行き詰った僕は、素直に遥香からアドバイスをもらうことにした。
――― 夜遅くにごめん。少し聞きたいことがあって ―――
時計を見るともう二十三時を過ぎている。
今日は連絡が返ってこないかもしれないが、それはそれでいいと思っていた。
ピロリン
スマホの画面に表示されたのは遥香だった。
通知音が鳴れば必然的に遥香からのメッセージだと分かる。連絡を取り合う友達などいないから。
――― 全然大丈夫だよー。どうしたの? ―――
――― 電話してもいい? ―――
――― いいよ! ―――
僕が遥香の返信を読んだ瞬間に、彼女の方から電話が掛かってきた。
「もしもし~。祐から電話したいとか珍しいじゃん」
「まぁね。作詞に行き詰まっちゃったから、アドバイスもらおうと思って」
「あ~。いいけど、私から教えられるものなんてないと思うけどなぁ」
「どんなことでもいいから頼むよ」
「あっ、でも作詞するときのマイルールはあるよ」
「そうゆうの、そうゆうの」
「前も一回言ったけど、一人称は僕にしてたり、サビの語呂を合わしてみたりしてるかな」
「一人称を決めるとかは出来そうだけど、語呂を合わせるとかは難易度高すぎるよ」
「いやいや、意外と簡単だって~」
「そこまでこだわってたら完成に一年掛かるよ」
「ちなみに今どこまで進んだの?」
「なんにも書けてない。曲名すら決められてないもん」
「えっ、その段階なの?」
「そうだよ。でもサボってるわけじゃないから」
「じゃあさ、テーマ決めよっか。応援ソングとか卒業ソングとか」
「あー、そうだね。それは少し助かるかも」
「う~ん。じゃあ、ラブソングにしよう!」
「はあ? さすがに難しすぎるって。てか、恋愛したことないし」
噓をついた。
「初恋は?」
「僕の話聞いてた? 恋愛に興味ないし、初恋もないよ」
また僕は噓をついた。
初恋は確か小学生の時だったと思う。
ありきたりだが、学校一のマドンナ的女の子に恋をした。
可愛くて、優しくて、周りに気を遣える女の子。まさに学校のアイドルのような存在だった。
今思えば、遥香によく似たタイプの子だ。
今はどの高校に行ったのかすら知らないが、久しぶりに会ってみたいとふと思った。
いや、会うなんておこがましい。久しぶりに見てみたいと思った。
高校生の阪口美波を。
「ふ~ん。それが本当か嘘かは置いといて、とりあえず書いてみなよ」
「無理だよ」
「祐は本当に分かってないなぁ。恋愛したことのない人が書くラブソングなんて面白いに決まってるじゃん」
「どこがだよ。誰からも共感されなくて終わりでしょ」
「そんなことないよ。恋愛してる人には共感されないかもしれない。でもね、祐みたいに恋愛したことない人には共感してもらえるかもしれない。挑戦の答えはそこだと思うよ」
「挑戦の答え?」
「そう。作詞をして誰かに評価してもらう。そこで聞いた感想が答えだよ。だから、たくさん挑戦して色んな答えを集めるの。それが自分の力になるんじゃないかな」
時々自分が情けなくなる。
僕の歩んできた人生の空虚さに腹が立ち、やっと挑戦しようと思ったら何も出来ない。
だからこそ、新しいことに挑戦して結果を出そうとする遥香が輝いて見えるのだ。
「分かった。やってみるよ」
「うん! 頑張ってね!」
「おう。ありがとう」
「あ、そうだ。今日見せてくれた動画、私に送ってくれない?」
「まぁいいけど。あとで送っとくよ」
「やった~! じゃあね~」
遥香はそう言って電話を切った。
電話が切れた後も、僕は耳からスマホを離すことが出来なかった。




