32話
「どうしたの?」
「今さ偶然会ったんだ。北野と久保さんに」
彼女の大きな目が僕達の顔に向いた。
「あっ。そうなんだ」
彼女の名前は、橋本 希。
クラスの中では僕と同じタイプで、何かと控えめな子だ。
頭が良いと噂で、みんなから一目置かれている。その待遇が羨ましくないと言えば嘘になる。
顔立ちも整っていて、遥香に匹敵するくらい可愛い。
黒板を見ている彼女の横顔は、見惚れてしまうほどに美しいと思う。
「遠藤くんと希ちゃんの二人で来てるの?」
遥香は二人に気を遣うこともなく、はっきりとそう言った。
「まぁそうだけど。で、でも、別に付き合ってるわけじゃないから!」
遠藤は聞いてもいないことを必死になって否定した。
イケメンな彼がここまで取り乱すのは見ていて面白かった。
もしかすると、僕は相当なひねくれものかもしれない。
「ふ~ん。そうなんだ」
ニヤニヤしながら二人の顔を交互に見ている遥香の方が僕よりよっぽどひねくれているようだ。
「遥香ちゃんたちは何してたの?」
「今、二人部活中らしいよ」
「えっ、カラオケで?」
「らしいよ。まだ部室とかもないんだってさ」
「あーそうなんだ」
遠藤と橋本さんの二人だけで会話が進んでいく。
「なんか、遠藤くんも希ちゃんも歌上手そう」
今までの会話の流れを無視した発言をしたのは、うちの遥香だった。
「俺はそんなことないよ。でも、希はめっちゃ上手かった」
「いやいや、直道の方が全然上手いって」
「だって希、九十点台ばっかだったじゃん」
「直道の歌声すごい綺麗だったし。てゆうか、歌の上手さに採点なんか関係ないよ?」
「あほか。あるわ」
謙遜しあう二人の会話がどこか可愛くて、自然と笑みがこぼれていた。
「二人相性良さそうだね」
「それ私も思った~」
僕の単純な感想に、遥香もすぐ同意した。
間髪空けず、僕は畳み掛ける。
「だよね。しかも下の名前で呼び合ってるし」
「ほんとだよね~。絶対付き合ってるじゃん」
僕と遥香は二人を追い詰めるような会話をした。
目の前にいる二人は目で何かを言い合っているようだった。
『希、もう隠すのやめようよ!』
『嫌だよ。恥ずかしいもん』
僕には二人がそう言い合っているように見えた。
意外とこの二人は分かりやすいのかもしれない。
「まぁ僕達は部活に戻ろうよ」
正直、僕は二人が付き合っていようがいまいがどうだっていいのだ。
「そうだね。遠藤くんも希ちゃんもまた明日ね!」
「あ、うん。部活頑張って」
「また明日」
お互いに手を振りあった後、僕達はKの部屋に戻った。
僕の持っているマグカップは空のままだ。また後で淹れに行くことにした。
「祐は二人のことどう思う?」