3話
高校生活が始まって一週間は、出来るだけ気配を消すことに徹した。
必要最低限の会話だけをして家に帰る。この繰り返しだった。
同じクラスメイトからは『こいつ、陰キャなんだ』と思われたに違いない。
それで良かった。それが良かったのだ。
しかし、隣にいる遥香は僕と違った。積極的に友達を作りに行き、誰とも仲の良い、クラスの中心人物になっていた。
お得意のニコニコ笑顔を振りまき、誰にも平等に接する姿はまさにアイドルのようだ。
「笑いあえる友達っていいよね~」
遥香は僕の横でポツリと呟く。
『やっぱり疲れないんだろうか』
僕は少し心配に思ったが、まぁいい。
どうせ心配してやったところで、遥香が笑わなくなるなんてあり得ないことだ。
とりあえず今は放っておくことが得策だろう。
「遥香ちゃんって彼氏いるんだよね?」
クラスの女の子が遥香に投げかけた。席が隣だけあって僕にも会話の内容が筒抜けだ。
「いないよ~。いるなんて言ったっけ?」
遥香はこれまでの一週間の記憶を辿るように、斜め上を見ている。
「久保さん彼氏いないんだってさー!」
それを聞いていたヤンチャそうな男の子が、教室に響き渡るほどの声量で叫んだ。
その瞬間、教室にいた大半の男の子達が驚きと歓喜に満ち溢れた顔をしているように見えた。
そんな相手の感情が分かるスペックなんて持ち合わせているはずもないのだが、今確かにそう感じたのだ。
クラスの女の子の中でも、遥香はずば抜けてモテているらしい。
読書のフリをしている僕は、バレないようにチラチラとクラスメイトの顔を見る。
今は僕の大好きな読書よりも、趣味である人間観察を優先する。性格が悪い? 知ったこっちゃない。
ふと視線を感じた。
いや、この状況で僕を見る奴なんていないか。
そう思いながらも、確認程度の視線をそちらの方に向けた。
僕の席から一番遠い席。教室の前側の扉に一番近い席だ。
そこに座っている男の子が僕をジッと見つめていた。すぐに僕は目を逸らす。
なぜ彼は僕を見る必要があるのだろうか。
一つだけ心当たりがある。
もしかすると彼は、陰キャの僕と陽キャの遥香が本当に付き合っているとでも思っていたのかもしれない。
しかし、これでその誤解が解けたのだ。
ようやく送りたかった静かな高校生活を取り戻せたような気がした。
これからは目立たないよう慎重に行動しよう。心の中でそう決心した。