24話
「えっ」
あまりにも突然の出来事で、僕の沈んだ心臓が一気に跳ね上がる。
彼女の髪の毛からは優しいシャンプーの匂いがした。
さっぱりとした香りではなく、バニラのような甘い香りだった。
遥香が僕から離れると、彼女の目は少し涙ぐんでいるように見えた。
「私になんでも相談していいから。隠したって私には分かるんだからね」
遥香の頬に一滴の大きな涙が流れた。
いつも屈託のない笑顔を見せてくれる彼女が僕の目の前で泣いている。
「遥香。本当にありがとう」
流れそうになった涙をぐっとこらえた。そして、今度は僕の方から遥香を抱きしめた。
僕達の横を通り過ぎていく人達にどう思われたっていい。恥ずかしさなんて微塵もなかった。
「北野くん」
耳元で遥香がそう呟いた。
息を多く含んだその囁き声は耳から脳を駆け巡り、静かに消えていく。
「……ん」
「これからはさ、祐って呼んでもいい?」
そう言われた時、我慢していた涙が一気に溢れ出してしまった。
その呼び方で僕を呼ぶのはこの世で母だけだった。
受け継がれたという言葉は正しくないのかもしれないが、そう思い込むしかなかった。
だから、これは悲しい涙ではなく、嬉しい涙なのだと思う。
「もちろん」
長い間、僕は遥香を離さなかった。離れたくなかった。
「私の選んだ道は正しかった」
「え?」
「私本当は吹奏楽部に入ろうと思ってたの。でもね、それは私のやりたいことじゃないって思った。私の歌詞を世界中に届けたい。だから、新しいことに挑戦しようって」
「そうだったんだ」
「でもやっぱり不安だった。だから、祐が入部するって言ってくれた時、すごく嬉しかったの」
「じゃあ僕の選んだ道も正しかったのかな」
「うん。祐の選択が私に勇気と希望をくれたんだよ」
僕は遥香からゆっくりと離れて、彼女の両肩を優しく掴み、真っ赤に充血した瞳を見つめた。
「さっき、僕のお母さんが死んだんだ」




