23話
「ご、ごめん。急に飛び出していっちゃって」
「全然いいよ。はい、これ」
遥香は僕が音楽室に忘れていたリュックを手渡してくれた。
わざわざ忘れ物を届けるために、広い街へ消えていった僕を探してくれたのか。
そう思うと、嬉しいようでどこか呆れるような複雑な感情が芽生えた。
「ありがとう」
やはり自分のリュックは軽いと感じた。
そうだ。
僕はこれまで周りに流されながら、自分なりの『正解』の人生を過ごしてきた。
それが正しい人間の生涯だと自分に言い聞かせながら。
しかし、遥香からリュックを手渡された時に気付いた。
僕が背負ってきたものは、ずっと空っぽで、魅力なんて何一つない。
それは僕の人生と一緒なのかもしれないと。
僕が今まで積み上げてきた経験や努力というのは綿埃のように軽く、僕の友達の数みたいに少なかった。
ズボンのポケット程度で収まるほどしか手にしていなかったのに、それをただただ大きなリュックの中に入れ、周りから「凄い」と思われようとしていたんだ。
「ねぇねぇ、北野くん。今すごい顔してるよ~」
遥香は馬鹿にしたような口調でそう言った。
「あ、ごめん、少し考え事しちゃって」
「どのタイミングで考え事してんのよ」
遥香の言っていることは正しかった。
彼女にとっては、忘れていたリュックをただ渡しただけに過ぎないのだから。
「で、何かあったの?」
「ちょっと色々ね」
母の事故のことは伏せようと思った。
「ふ~ん。まぁ、今日は部活終わりにしよっか! 感想は次でいいから」
「本当に今日はごめん。次は絶対に言うから」
「絶対だからね。じゃあね」
「うん。じゃあ」
お互い小さく手を振り、別々の道へと歩き始めた。
多分、遥香は気付いている。僕に何か悲しい出来事があったことに。
だから気を遣って今日はここでお開きにしてくれたのだと思う。
「北野くん」
背後から遥香の声が聞こえた。
僕は立ち止まり、ゆっくりと振り向く。
すると、遥香が僕の胸に飛び込んできた。




