2話
【1年3組】と書かれた教室の前に着いた。
扉の真ん中にあるすりガラスから教室の中を覗き込む余裕は僕にはない。
遥香は教室の扉を開けて、中に入る。
僕もそれに続いた。伏し目がちに教室を見回すと、同じ中学校上がりなのか、もうすでにいくつかのグループができていた。しかもほとんどの男の子は、可愛い女の子が教室に入ってこないかと、ギラギラした目でこちらを見ているように感じた。
「うわー。可愛い子が入って来たと思ったのに、もう彼氏いるのかよー」
そんな落胆の声が僕の耳にまで聞こえてくる。
僕は心底「彼氏じゃねーよ」と言ってやりたかったが、入学早々から面倒な問題を起こすなんて御免だ。まずそんな勇気もないけど。
自分の席が書かれた紙は黒板に貼ってあった。
二人で見に行くと、僕の席は窓側の一番後ろの席だった。陰キャが一番好む席だ。
しかし最も大事なのは、隣の席にどんな人が座るかである。
「あ~、私の席、北野くんの隣だ」
遥香はぱっちりとした目をさらに大きく開いた。
「えー、面倒くさそう」
「なんでそんなこと言うのよ~。本当は嬉しいんでしょ?」
一瞬悲しそうな顔をしたが、また笑顔を見せてくる。
とりあえず僕はその問いかけを無視して、黒板に背を向けて歩き出した。
僕は正直ラッキーだと思った。
初めて会うような何も知らない人より、知っている人の方が断然いいに決まっている。
しかし、僕の本心を彼女に悟られたくはなかった。
「ねぇねぇ、なんで無視するの~。北野く~ん」
それにしても、不運な出来事が二回も連続して起きたことは誤算だった。
一つ目は、校門の前で遥香に見つかってしまったこと。
二つ目は、遥香と同じクラスだったことだ。
僕が考えていたプランでは、クラスから浮くことなく、ひっそりと高校生ライフを楽しもうと思っていたのだが、入学一日目で注目を浴び『可愛い女の子と付き合っている人』みたいな間違った情報がクラス全体に伝わってしまった。
最悪のスタートだ。
自分の席に着くと、一冊の本しか入っていないリュックを机の上に置き、椅子に腰かける。
窓の外では、僕の心情を表しているかのように雨が降り出していた。
とにかくこの誤解を解かなくては……。
ふと隣を見ると、頬杖をついた遥香と目が合った。
口角をキュッと上げて、小さな声で言う。
「同じクラスで、しかも席が隣って運命みたいだね」
「……そうかな」
僕は適当に相槌を打って、リュックに入っていた本を読み始めた。
遥香には悪いが、とりあえず自分の世界に逃げ込みたかった。
降りしきる雨はどんどんと強くなるばかりだ。