16話
「北野くん、お誕生日おめでと~!」
遥香が特上の笑顔で、僕にそう言った。音の正体はクラッカーだった。
「えっ? 誕生日?」
僕はスマホで今日の日付を確認する。
【五月四日】
「ちょっと待って。僕の誕生日は明日だよ」
「え~~! 嘘でしょ!」
「ほんと。五月五日」
「そうだったっけ? まぁいいじゃん。どうせ明日会えないんだし」
「そうだけど」
クラッカーを鳴らすために使われた火薬の匂いが鼻にまとわりつく。
この匂いは臭いと言われがちだが、僕は意外と好きである。
お祝い事でしか使用する機会がないからか、この匂いを嗅ぐとおめでたい気持ちを味わえる。
「ケーキも買ってきたよ。美味しそうなやつ」
「まじで? 今ちょうどお腹空いてるかも」
「食べたい?」
遥香はニコッと笑って、ケーキの箱をカバンから取り出した。
この前テレビでも紹介されていた人気店のケーキだった。
「うん」
「も~。北野くん可愛いな~。はい、どうぞ」
「ありがと」
開口部に貼られた丸いシールを剥がして箱を開けると、いちごのケーキとチョコレートのケーキが入っていた。
「二つ入ってるよ?」
「一つは私のやつに決まってんじゃん、食いしん坊かよ」
「あ、え、じゃあ遥香はどっちが食べたいの?」
「うーん、北野くんが先に選んでいいよ」
遥香は気前よくそんなことを言っているが、チョコレートケーキが食べたいはずだ。というより諸事情があって、彼女がチョコレートケーキしか食べられないことを僕は知っている。
だから、僕が選ぶことのできるケーキは実質一つしかなかった。
「じゃあ、いちごの方」
「私はチョコレートのケーキか」
ニヤリと笑う遥香の顔を見て少し腹が立った。
「紙のお皿とフォークも買ってきたから、勝手に使って。そこの机の上にあるから」
「ありがと」
僕は封が開いていない紙皿を開けて、二枚取り出した。
一枚は僕のケーキの分、もう一枚は遥香のケーキの分だ。
皿に自分のケーキを載せて、フォークでケーキを一口サイズに切った。
一番上でバランスを取っていたいちごが皿の上にポロッと落ちる。
いちごは最後に食べるタイプでも最初に食べるタイプでもなく、食べたくなったら食べるという特にこだわりがないタイプである。
「いただきます」
「ど~ぞ」
久しぶりにケーキを食べたが、やはり美味しい。
実は僕は生粋の甘党で、中でもケーキが大好物なのだ。
まさか誕生日の前日に食べられるとは思ってもいなかった。
「ふふふっ。北野くん、美味しそうに食べるね」
「そうかな。でも本当に美味しいよ。わざわざ祝ってくれてありがと」
「えへへ。まぁ一日早かったらしいけど」
遥香は優しく微笑んだ。
毎年、母に祝ってもらえるだけで、友達から祝ってもらえるなんて、まるで夢のようだ。
朝ご飯を食べ損ねてお腹が空いていたのもあってか、ケーキは一瞬で無くなってしまった。