14話
急いで制服に着替え、何も入っていないリュックを背負うと玄関に向かった。
庭の方から水の音が聞こえてくる。
玄関のドアを開けて外に出ると、案の定、母は水色のホースから噴き出る水を植木鉢に咲いたカーネーションにかけていた。
母は花を育てることが好きなようで、学校に行く前によく庭で母を見かけることがあった。
特にカーネーションはお気に入りの花らしく、毎年のように咲かせていた。
一つ気付いたことがある。
それは、少し前まで雨が降っていたことだ。
家の屋根から雨水が滴っているし、上空を覆う雲も暗い色をしていた。
「部活行ってきます」
母は蛇口をひねって水を止めると、僕の目の前まで歩いてきた。
「起きたのね。朝ごはんは食べた?」
「あー、ごめん。ちょっと食べる時間なくて」
「あら、そうなの。大丈夫よ」
「お母さんは今から寝るの?」
「月曜日からは夜勤じゃなくて朝からお仕事でね、今日からは夜に寝ないと生活リズムが合わなくなっちゃうのよ。だから、夜まで寝るのは我慢するわ」
「そっか。じゃあ部活行ってくる」
「いってらっしゃい。頑張ってね」
「うん。いってきます」
母は笑顔で手を振って、僕を見送ってくれた。
スマホの画面を見ると、もうPM12:35だった。
面倒だが走らないと間に合わなさそうだ。二日連続で遅刻することはさすがに許されない。
体力にはめっぽう自信がないが、もうそんなことを言っている場合ではなかった。
僕は覚悟を決めて走り出した。
アスファルトはまだ濡れていて、雨特有の鼻に残る匂いがこの辺一帯に充満している。
そんな天気の移り変わりを映した不揃いの水溜まりを踏みつけながら、遥香の待つ土曜日の学校を目指した。
塀の上で眠っている猫、手を繋いでいるカップル、庭に咲いている花に水をやるおじいさんを横目に僕はメロスの如く走った。
ラッキーなことに信号は青ばかりで、運まで味方につけているようだった。