七十七学期 海へやって来た者達
夏休みといえば海。海といえば夏休み。長い休みの中で海が綺麗な場所に旅行へ行く人は、毎年多い。
我が家では、毎年夏になると旅行に行ったりというイベントがあんまりない。勿論、私も父も母も旅行は大好きだし、家族で行く事も好きだ。しかし、夏休みにわざわざ何処かに行くという事が我が家ではあまりなかった。
今時、都内に住んでいる者としては、珍しいかもしれないが家族で某ネズミーランドに行ったりもない。そもそもあんまり遊園地に行く事がなかったかもしれない。
そんなわけで今回、龍角寺さんから旅行の誘いが来た時は、凄く嬉しかった。何年ぶりの旅行だろうかとワクワクした。
……と、いう反面。ドキドキしている私もいた。
「……そろそろ着きますわよ!」
大きなクルーズ船に乗った私達は、少しずつ空色になっていく美しい青い海を眺めながら目の前に見える島に興奮と感動を見出していた。
九州地方までの長い道のりを龍角寺さんの自家用バスで長い時間過ごした後、鹿児島から出ている龍角寺さんの自家用クルーズに乗り換えて冒険気分を満喫した私達は、ついにようやく目の前に見えた沖縄の景色に感動した。
「……いやぁ、長かったね。ここまで……。まさか、バスであんなに長く走らされるとは思わなかったよ……」
「……それに関しては、わたくしの配慮不足もありますわね……」
私の愚痴に龍角寺さんは、素直に頭を下げた。この子は、こういう事には素直に頭を下げられるのだ。自分の家の責任だとか自分自身に責任があると分かった時には、ちゃんと謝る事ができる。こういう所は、しっかりお嬢様として教育されているのだろうな。
しばらくすると、船は別荘の近くに泊まって、私達はしばらくしてから荷物を持った状態で船から降りた。
「うわぁ!」
思わず、私の口から感嘆の声が漏れてしまった。白くて広い海辺の別荘の姿がそこにはあった。
まるで、別荘そのものが白い砂浜みたいに綺麗だ……。そんな感動を心の中で抱いていると隣に現れたのは、愛木乃ちゃん。彼女も目を輝かせながら私に告げた。
「……とても素敵な所ですね。夕方になったらとてもロマンチックな感じがして……」
「……いやぁ、ホントにね。こういう所で飲むお酒は、最高にうまいだろうなぁ~」
そんな愛木乃ちゃんの隣でぼやくのは、我らが酒カスの火乃鳥先輩。相変わらず船の中でもバスの中でもどんな時でも缶ビールを片手にガブ飲みをきめている。もう既に酒臭いのもそのせいだ。
「……はぁ、お姉ちゃんも来ればよかったのに……」
と、そんな酒カスの隣で呟くのは瑞姫ちゃん。彼女は、姉が一緒にいない事を嘆いている様子だ。まぁ、会長はあれでも3年生。受験の年だ。会長レベルともなればかなりランクの高い大学を目指しているに違いない。
「しょうがないよ。会長の事は、皆で応援してあげよう。帰りにお見上げとか買ってさ」
私が皆に向けてそう言うと彼女達は、それぞれニッコリ微笑んで頷くのだった。
さて、そんな一見平和そうな今日の旅行であったが……ただ一つ私には、懸念点があったのだ。
「……えへへ。素敵な所だね。お兄ちゃん!」
「そっ、そそっ……そうだねぇ」
今一番、何を考えているのか謎な自称妹を名乗る人……土御門乃土花さんだ。あの日のあの電話の後、彼女も急遽参加する事になり、龍角寺さんに1人増えるという電話をさせられたのだ。彼女は、意外にも楽しみそうに旅行の準備なんかして、当日も皆と合流した時には、普通に打ち解けあっている雰囲気だったのだが……。
あの日のあの顔……絶対に何か企んでるに違いない……。怖いなぁ……結局旅行始まる直前までベッドに拘束されっぱなしだったしな。私……。
とにかくこの子がこれから何をしてくるのか警戒しながら……止めに入る! それがこの旅行での私の役割だ。
「……さっ、皆さん! お部屋まで案内いたしますわ」
そんな事を考えながら私は、龍角寺さんについて行き、別荘の中へ案内してもらう事になった。
あの白い砂浜のように透き通った真っ白い建物の中は、本当にとても広く、エアコンがなくとも海風だけで涼しい透き通った空気で満ちた素敵な場所だった。私達は、それぞれ「お邪魔します」と挨拶をした後、靴を脱いで家の中に上がっていくとまず最初に見えたのは、大きな大きなソファーとテレビが置かれたリビングルームとキッチンがセットになった部屋。
本当にこの人数で同時に食事ができて、皆でゲームしたりできそうな広い空間だ……。
感動していると龍角寺さんが私達に告げた。
「……そこの扉を開けるとお風呂があって……トイレは、通路を右に曲がった所にありますわ。皆さんの寝る部屋は、2階にありますわ。全部で3部屋なので……一部屋2人で使う感じなのですけど……」
「「ふっ、2人!?」」
突然、瑞姫ちゃんと愛木乃ちゃんの2人が大きな声で反応した。女の子同士で寝泊まりする事がそんなに楽しみなのだろうか……。
「……ん?」
ふと、2人の視線が私に向かれているのに気づく。彼女達は、お互いに睨み合う。
「……あら? 水野さん……体も小さいし……。ここのソファで寝たらどうです?」
「……木浪さんこそ、無駄に体が大きいんじゃけぇここで1人で寝てりゃあええんじゃないですかい?」
ビリビリ……と早速火花が散っている2人。というか、瑞姫ちゃん……久しぶりに二重人格出てるよ……。
「……うふふ、私を差し置いて……お兄ちゃんを取り合うなんて生意気な人達……」
「え……?」
今、ふと隣に立っている乃土花ちゃんの声が聞こえた気がした。まずいな……早速あの2人に殺意を剥き出しにしてる……。今回の旅行、乃土花ちゃんを怒らせたらそこで全員ゲームオーバーになりかねない。それなら……この子を怒らせないように私がうまく立ち回る必要がある。
ここは……仕方ない! 正直、他の女の子と同じ部屋になって色々見たかったけど……今は自分達の命の方が大切だ。
「……あー、ごめんね……」
次回『様子のおかしい者』




