五十五学期 立ち去る者
なんやかんやで、あの後ご飯を食べる事ができた私達だったが、その後も結構散々だった。
お会計の時も私が自分から先に財布を出して、お金を払おうとしたのだが、なんとそれよりも早く水野さんがお札をカルトンの上に置いて、お会計を済ませようとしていたり、映画の時間までまだ時間があるから何処かに散歩をしようという事になり、何処に行きたいかを聞くと、水野さんは逆に「日下部さんの行きたい所で良いです」なんて言ってくれるわけなのだが、流石にこれ以上彼女に気を遣わせるわけにはいかないなと思い、私は改めて水野さんに聞き返してみたのだが……これもうまく行かずに結局、映画の上映時間がそろそろと言う時間まで私達は、町をぶらぶら歩いて終わってしまったのだ。
そして、映画館に着いた後も凄かった。私が、映画館の前のポップコーンを売っているお店の前で並んで、水野さんにどの味のポップコーンが好きかを尋ねると、彼女はまたしても「日下部さんのお好きな味に合わせますよ!」だなんて言うのだ。
いやぁ、勘弁してくれ……。そろそろ、いい加減にこっちもカッコつけたいし。それに……なんだか、水野さんが凄く遠慮しているみたいで……私は、もしかして彼女に嫌われているのだろうか? 水野さんは、さっきから全然自分の意見を言ってくれないどころか、自分が何を食べたいのかとか何がしたいのかを喋ってくれない。
これじゃあ、私も動きづらいし……凄くデートがしづらい。どうしたのだろう? いつもならもうちょっと自分はこれが良いって感じで主張してくれるのに……。
私は、少し彼女の事が心配になってきた。映画が始まる前もどっちの席に座るかで水野さんは、どっちか好きな方に座ってくださいだなんて言うものだから……ここまで来ると、本当は自分なんかと映画に行きたくなくて……自分の触れた椅子には座りたくないみたいなそう言う感じに思っているのかなと少し思った。
しかも映画中、彼女は買ったポップコーンに一切手をつけなかった。隣に座っていた私の耳に明らかに水野さんの小腹が減っているようなお腹の音が聞こえてきたにも関わらず、彼女はジーっと座ったままだったのだ。
「……」
結局、私は映画の内容もあんまりよく入って来ず、ポップコーンもお店の人に頼んで袋に包んでもらい、持ち帰る事にした。
映画が終わった後、私達は近くの喫茶店に入った。私がメニュー表を広げて、水野さんにも何を注文するかを尋ねる。すると、彼女はこう言った。
「……私は、どれでも大丈夫です」
その返事を聞いた時、私の中で今までずっとレストランの時から抑えていたものが少し解放されそうになる。
私は、ブレンドコーヒーを2つ頼んだ後に水野さんの目を見て真剣な顔で告げた。
「……ねぇ、水野さん? もしかしてその……私と一緒にお出かけするの嫌だった?」
「え……!?」
「だって、なんか今日ずっと……私に譲ってばっかりだし、自分の思ってる事とか好きなものとか全然話してくれないし……。なんでもかんでも私は、どれでも構いません。日下部さんが先に~って、返って来るし。もしかして、私と映画見に行くのが楽しくなかった?」
「そっ、そそ! そんな事ありません! 私、今日の事……ずっと楽しみにしていて……」
その時、私の中でどうしても抑えられなかった衝動が一気に解放されてしまって、今までよりも少し強い口調で水野さんに告げてしまった。
「……じゃあ、どうして今日ずっと遠慮ばっかりしてたの!」
「…………」
彼女は、黙ってしまった。そこから少し気まずい感じになってしまい、私達は席についたまま次第に何も喋らなくなってしまった。飲み物が届いたのはその後だった。2つのブレンドコーヒーが私達の前に置かれて、店員さんが礼儀正しく優しい声で「ごゆっくり」と声をかけてくれる。この場を少しで和ませようとしてくれていたのだ。
しかし、次の瞬間に私が目撃したのは、コーヒーをとても苦そうに飲む水野さんの姿だった。彼女のとても辛そうな顔を見て私は、すぐに水野さんがコーヒーが苦手な事を理解する。
「……すいません! ミルクと砂糖をお願いします!」
私は、すぐに店員を呼んで水野さんにミルクと砂糖を持ってきてもらおうとしていた。しかし、この事を悟ったのか水野さんは慌てて、私に言った。
「……だっ、大丈夫です! 私、日下部さんの好きなものは、ちゃんと飲めますから!」
そう言うと、彼女はとても辛そうにもう一杯コーヒーを口にした。そのあまりに苦そうな無理をしている顔に私の胸はとても痛くなって、とうとう我慢できなくなった私は、運ばれて来たコーヒーを一気に飲み干して、テーブルの上にお金を置き、荷物を持って立ち上がってしまった。
「え……?」
訳の分からない顔をしだした水野さんの事など振り返る事なく私は、彼女に言った。
「……ごめん。やっぱり、私と一緒にお出かけするの……嫌だったよね。私、先に帰るよ。ごめんね」
そう言って、私は彼女の方を振り返る事なくお店を出て行った。そんな私の姿を後ろから水野さんが呼び止めようと私の苗字を叫んだ。しかし、私は……もう何も聞こえやしなかった。ただ、今すぐ立ち去ろうという思いしかなかった。
次回『反省する者ら』




