五十四学期 注文を譲り合う者ら
「……いやぁ、美味しそうなレストランだね〜。良い匂いがこっちまでしてくるよ」
水野さんとのデートは、今の所良い感じに進んで行っていた。私達は、映画の席の予約を入れると街のレストラン街にやって来て、そこで何を食べるか考える事にしていた。
私は、一応この日のためにスマホでいくつか良さそうなお店を考えて来ていて、最初に水野さんが何処に行きたいかを聞いてから候補の中から決めていこうと思っていたが、そうはいかなかった。なんと、レストラン街に入るよりも前に水野さんから先手を打たれてしまった。私達は、水野さんの誘導により洋風の少しお高めのファミレスっぽいレストランに入った。
こう言う時、何処で食べるか色々提案して引っ張ってあげる事ができる男としての俺の作戦だったのだが、逆にこっちが水野さんに着いて行く形になってしまった。
いやぁ、こう言う人任せな所があるから俺は、前世で最後まで童貞のまま終わってしまったのだろう……。
悔しいのは、俺が彼女をエスコートしてあげれなかったのに、なんだか凄く順調に進んでいるようなのだ。こう言う時、男心として複雑な思いになってしまうものだ。
しかし、今の私はもう……あの時の童貞だった頃の私じゃない! 童貞は捨てられなかったが、その概念を消し去る事はできた! 今度こそメニュー選びではミスらない! ここでかっこいい所を見せてしまおう!
──ネットでは、女の子と食事に行ったら同じメニューをさらっと頼めたら親近感が湧いて良いと書いてあった。これで行こう!
「……水野さん、決まった?」
「……あっ、はい!」
「うん。じゃあ、注文しようか。……すいませ〜ん!」
私達のテーブルのある方を見ていた若い女の店員さんとたまたま目があった私は、ボタンを押さないでその人を直接呼ぶことにした。すると、店員さんはキーパッドを持って私達のいるテーブルにやって来て「ご注文お願いします」と優しい声をかけてくれる。
「……先に頼んで良いよ」
私が水野さんにそう言うと彼女は、突然困った顔を浮かべ出して、なんだかとても慌てた様子で声を震わせて喋り出す。
「……いっ、いえ! その……日下部さんこそお先に……」
「……え!? えっ、あ、あぁーいや! 水野さんからで良いよ!」
「……はまはま! 日下部さんお先にどうぞ!」
「……いやいや〜」
「いえいえ〜」
……なぜこうなる? 水野さん、なぜ注文しようとしないんだ。注文してくれないと私が注文できないんだが……。
*
日下部さんとのデートで私達は、注文を取る事になった。
さっきの食べる所選びでは見事うまくいった私の気分は、ウキウキしていた。
前日に千昼ちゃんとのLINEで教えてもらったデートのコツがちゃんと活かせて良かった!
私は、今度の注文でも千昼ちゃんにLINEで送られて来たデートのコツをまた使おうと思っていた。
──確か、注文の時は相手の女の子に先にやらせて、自分は後からさらっと同じものを頼むと良いんだったよね!
そして、私がこの作戦を実行しようとしたその時だった。
「……先に頼んで良いよ」
──え? なっ、なんで!? どうしてなのでしょう! それじゃあ、作戦を達成できないですよ! どうして!?
わけが分からなかった。ここでこんなに躓くと思っていなかった私は、その後も日下部さんと注文をどっちが先に取るかで揉めた。
次回『立ち去る者』




