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五十三学期 背中をそっと押してあげる者

 デートの少し前、教室の端っこにて……。私、千昼と渚朝、夜宵と水野さんの4人で話をしていた。



 体育祭が終わった後から私達は、よく4人で話をするようになった。前は、水野さんがいない3人で話をしていたのだが、あの体育祭の後から水野さんとも仲良くなれて、それでよく私達4人で話をする機会が増えた。



 水野さんは、今まで日下部さんの所にばっかり行ってて、全然こっち来なかったし、最近こうやって私達とも絡んでくれるようになって嬉しいなぁ。




 そんな風に私が思ったその時、ふと脳裏にある考えが浮かんだ。




「……そういえばさ、水野さんと日下部さんってどう言う関係なの?」




「……え?」



 突然の質問に困った様子の水野さん。彼女は、あわあわと焦りながらも両目をぐるぐる動かして様々な事を考えている様子でいた。そんな何処か慌てた様子の水野さんの反応を見て……まるで子猫が飼い主に甘えようか否かうろうろ歩いて落ち着かない様子の時のような様に私は、つい意地悪したくなってしまった。



「……むふふぅ~。あれれぇ~、どうしてそんなに慌てているのかなぁ? 何か言いたくない事でもあるのかなぁ?」



「……へっ!? まっ、まさか!」



 私は、水野さんが更に慌ててドギマギしているのを見て、余計に笑みがこぼれてしまった。




 いや、こんな可愛い反応されちゃったらさ……私も意地悪したくなっちゃうよ。いやぁ、小学生の時に好きな子についつい意地悪してしまう男子達の気持ちが良~く分かるわぁ。私だって今、水野さんがこんなに苦しそうにしてくれてるのを見て凄くなんか、ニヤニヤが止まらないもん。


 すると、そんな私の隣に立っていた渚朝が同じくニヤニヤした顔で喋り出した。



「……えぇ~、でも水野さんってそう言えば……クラス委員決める時も日下部さんと一緒じゃなきゃ嫌だぁ~みたいな事言っていたような……」




「あっ、あ! はま! あっ……あああっ! あの時は、その……何と言うか……」




「……何と言うか? 何なんですか?」




 渚朝の方が性格悪そうだ。顔まで近づけて……まるで時代劇の悪代官みたいだ。すっごい顔してる……。



 すると、そんな悪代官フェイスの渚朝の事を後ろから頭をチョップして夜宵が止めに入る。



「……こら。ちょっとやり過ぎだよ~渚朝」



「いて。……えへへ~、だって気になるじゃん。夜宵は、気にならないの? 水野さんと日下部さんの事」





「……わっ、私は…………べっ、別に……というか、女の子同士でそう言うその……恋愛関係みたいなのって私には、ちょっと分からないかも……」



「……えぇ! 何言ってるの!? 今は令和だよ! 何処の誰を好きになったって……素晴らしい事じゃない!」



「……いや、それはそうだけど……」



 夜宵の気持ちも少し分かる。確かにいざ、自分の友達同士の間で実際に、女の子同士でカップルになりますと言われたら私も少しドキドキしてしまう。それは、いくら今が令和の時代であっても……やはり、何処か思ってしまうものだと私は思う。




 まぁ、それでも友達が付き合ったら「良かったね~」とは思うし、応援もしてあげたいからね。難しい話だよね。この辺は。



 その時だった。その時の水野さんの何処か悲しそうな思い悩んでいる表情を私は、忘れない。




「……」



 私は、そんな彼女の暗い表情に何かを抱え込んでいる事を想像した。やがて、私はある良い事を思い出し、少し考えた後に今の話を変えようと水野さんにチケットを2枚差し出した。


 最初、彼女はキョトンとした様子でその2枚の紙を見つめていたが、やがてそれが映画のチケットである事に気付くと水野さんは「どうしたのだろう?」と可愛げに私の事を見つめだした。




「……これ、うちのパパが仕事の都合で貰って来てくれたチケットなんだ。本当は、誰かと一緒に行こうかなと思ってたけど……これ、水野さんにあげる」




「え……? 私と一緒に見に行くので……その……良いんですか?」




「ううん。違うよ。……これ、2枚とも水野さんにあげる」




「え!? どっ、どうして! せっかくの映画ですよ! 凄くもったいないですって!」





「ううん。私が使うよりも……水野さんが一番一緒に見に行きたい誰かと一緒に行って欲しいなと思って……」



 水野さんが、ポカンと私の事を見ている中、私は渚朝や夜宵がまだ2人だけで若干じゃれ合いながら令和の恋愛が、あーだこーだと議論しあっている中、水野さんの耳元でそっと小さな声で喋りかけた。



「……それ使えば、チャンスだよ。一気に距離を縮められる。私は、応援するから。頑張ってみて」



 そう言うと、水野さんは一瞬だけ頬っぺたを紅く染めだした。……どうやら、私の言いたい事の意味を理解してくれたみたいだ。




 少しすると、彼女は私達3人に向かって強い声で告げた。



「……私ッ! ちょっと大事な用事を思い出したので! 一旦その……すいません!」





 水野さんは、駆け足で逃げるようにいなくなってしまった。私の近くではついさっきまで令和の恋愛について熱く語り合っていた渚朝と夜宵が、何があったのか分からず、ポカンと水野さんの後姿を見ている姿があった。私は、そんな彼女達の隣で1人、背を向けて前に進んで行く彼女に向かって、心の中で精一杯のエールを送った。







 ――頑張れ! 水野さん!

次回『注文を譲り合う者ら』

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