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四十四学期 変わりたくない者

「……えっ、えーっとその…………」


 なんだか、気まずい空気が部屋の中に流れ出していた。いや、あのね……私がいくら元男だったとしてもだよ……。この状況で突然そういう話しをされたら多少はさ……。



 しかし、そんないまいち口が開かないでいる私に愛木乃ちゃんは、更に細かく自分の事を話し始めたのだった。



「……実は、この前見て貰った時にも”大きくなった”と言ったと思うのですが……最近、それが日に日に……サイズが大きくなってきていて……。その……前は、豆粒くらいの大きさで……」





 おおおおい! ちょっ、ちょっと待てぇ! やめろやめろ! いきなり話を始めるな! ていうか、小さすぎるだろ!? まっ、豆!? それ……トイレとか本当にどうしてるの!? どうやって、出してるの!?



「……でも、それが次第に大きくなっていってですね……その……今では、赤ちゃんと同じ位のサイズになってしまっているんです……」




 順調にデカくなってるな……。いや、まぁでも……それくらいだったら、トイレの心配は大丈夫そう……。って、いや私は何の心配をしているんだ!?




「……ですから、さっきもその……水着を着ている時にバレないかって……ずっと緊張していて……その……もしも、何かあるんじゃないかって言われたらどうしようかと……そわそわしていたんです」




 まぁ、そりゃあ……そわそわするわな。水着とかいう薄い布切れ一枚の先に……乙女ならざるものを潜めてちゃ……。




「……まぁ、でも……その……水着結構ちゃんと似合っていたよ。愛木乃ちゃん」


 私は、今できる最大限の事をしてあげようと思い、彼女にそう言ったつもりだったのだが……しかし、これがかえって愛木乃ちゃんの股に対する不安を余計に煽る事になってしまったのだ。




「……それは、女性としてですか? それとも……その……」



 愛木乃ちゃんは、とても言いにくそうに……そう言った。そのとても複雑そうな心境の顔を見た時、私も何とも言えなくなってしまった。






 ……これは、あくまで私の考えであって……愛木乃ちゃんの本心じゃないのかもしれない。本心まで私は、分からないから何とも言えないが……きっと、彼女は自分の股が次第に成長してきている事に1つの焦りのようなものを感じているのではないかと思う。


 徐々に自分の体が……自分の望まない姿に変えられていっているのではないかという……そんな不安感。そして、自分が今のままの”女”であり続けられるのは、いつまでなのか……ある日突然、自分の姿が完全に変わってしまうのではないか? 自分が全く望みもしていない姿になってしまうのではないか……という焦り。


 そう言ったものを彼女は、感じているのだろう。何となくだが……”俺”にもその気持ちは分かる。



 ある日、転生してきた時……突然、自分が20年位お世話になった一物が姿を消し……自分の性別がまるまる全部変わってしまって……やっぱり自分でも最初の頃は戻りたいとか戻れないとか……そう言う事を考えたし、不安になった時も何回かある。



 この事を完全に受け入れられるようになったのも……実は、ここ最近になってからだったりする。






「……ごめんなさい。変な事を聞いてしまいましたね。その……気にしないで。私は、大丈夫ですから」


 何処か悲しそうに私から目を逸らそうとする愛木乃ちゃんが、瞳を机の上のノートに再び移そうとしたその瞬間、私は勇気を振り絞って自分の思っている事を言う事にした。




「……愛木乃ちゃんとして、似合っていたよ」



「……え?」




「あのね、下に変なものが生えていようと……生えていまいと……それで、自分が自分でなくなる事なんてないよ。貴方は、どんな姿になっても貴方のままだよ。例え見た目が180度変わってしまっても……その心は、ずっと愛木乃ちゃんであり続けるの。それこそ、貴方が望んでいなかったとしてもね。……世の中さ、変化する事ばっかりで……でもその中で”愛木乃ちゃん”っていう存在自体は、何も変わらないし……変わっていかない。だから、今まで通りの”女”としてじゃ……なくなってしまったからといって、貴方の事を他の誰かが、これから突然嫌いになるなんて事は……案外なかったりするの。好きなままでいてくれる人も当然いるもんよ。それこそ、自分がそうでありたいじゃん。自分の事を嫌いになってしまったら……世界中で自分を好きな人が1人減っちゃうよ。だったら、0より+1くらいの方が良いんじゃない? まぁ、少なくとも……私は、君がこの先完全に男になってしまったとしても……そうならないままでいたとしても……私は、君を男として~とか、女として~見るのではなく……木浪愛木乃として、似合っているかどうかを見ていくつもり」





「……」





「……あっ、あぁ……えっと……ごめんね! ちょっと長く喋り過ぎちゃったね。……あっ、あぁ~なんか私……トイレ行きたくなっちゃった。ちょっと行ってくるね」



 私は、なんだか自分がお説教じみた事を言って部屋の雰囲気がちょっと気まずい感じになってしまった事から一足先に先手を打って、トイレに逃げ込もうとした。




 いやぁ、ちょっとドジったな。……流石にさっきのは、少しおっさんくさい説教すぎたかな……。キモかったな。自分。



 しかし、ふと……部屋を出て行く直前に愛木乃ちゃんの事をチラッと見てみると……彼女は、頬を紅く染めて……何処か恥ずかしそうに……下を向いていた。





 ……うむ。確かにちょっと、恥ずかしくなってしまうものよな。同級生に突然、じじい臭い説教を友達の部屋でかまされちゃったら……。あぁ、最悪。もう早くここから出たい。






 私は、すぐにトイレへ向かって行った。途中、階段を下りている時にマン寺さんにあったが……よく分からない気まずさから私は、顔を逸らして早歩きでトイレに向かった。





            *



「……なんでしたの? 日下部さんったら……」


 私=金閣寺・F・恋金が部屋に戻ると……そこには、顔を真っ赤にしてぼーっと下を向いていた木浪さんの姿が目に入った。



「……あら? 木浪さんったら、お顔が赤いですわよ。どうしましたの? 具合でも悪いの?」



 しかし、木浪さんは少しの間、私の声に反応せず……突然、目をパチッと見開いた時に何かに驚いた様子で彼女は、ハッと口を開いて告げた。



「……いっ、いえ! べっ、べべべっべ別に何でもありませんよ!」



 彼女は、とっても緊張したご様子で……どうかしたのかしら……さっきの日下部さんといい……この2人、何かありましたの?



「……日下部さんと何かありました?」




「くっ! 日下部さん!? ……あっ、あぁいえいえ! 別に何もないですよぉ!」





「あらそう……」



 まぁ、良いわ。今は、中間テストで日下部さんよりもいい成績を出す事だけに集中したいものだし……。そうだ! 後でここの問題を日下部さんに教わろうかしら……。うふふ、敵から教わる事もまた……策略のうちってね。

次回『悲しい者』

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