三十五学期 友愛育みし者達
走る2人の姿を見ている私、日下部日和は……愛木乃ちゃんと水野さんの2人が、ついに……最終コーナーへと入ったのを確認した。2人のスピードはほぼ互角。完全に横に並んでいるように見える。
……って、いや違う! 互角何かじゃない。明らかに外側を走っている水野さんの方が若干、遅い。もしも、このまま……コーナーを終えて普通に真っ直ぐの道に入ったらもう……それこそ、水野さんが負ける!
「……がんばれぇぇぇぇぇぇ!」
練習の時から早かった愛木乃ちゃんの方が有利である事に変わりはない。それに……いくら人格が変わっている状態とはいえ水野さんのあれが、いつ元に戻るのかも分からない。もしも、この走っている最中に人格が戻ったりでもしたら……それこそ、他の今まで追い抜いてきたクラスの人達にも抜かされてしまうかもしれない。
私に今できる事は……。精一杯水野さんを応援してやれる事しかできないの?
心配でしょうがない私。しかし、そんな中……水野さんと愛木乃ちゃんがついにコーナーを曲がり終えて、真っ直ぐとした道を再び走り出して行く。
信じてあげたい。あの子を……最後まで!
しかし、私は目を瞑ってしまう。目を瞑ってその結果が瞳の中に映し出される瞬間を現実逃避してしまう。相変わらず、口で言ってる事と実際にやっている事が違くて……自分で自分が嫌になる。どうして、本当の意味であの子を信じられないのだろう……。
しかし、次の瞬間に私が目を開くとそこには――!
「……! 瑞姫さん……!」
なんと、彼女は愛木乃ちゃんよりも外回りに走っていて、若干だが愛木乃ちゃんよりも後ろを走っていたはずの彼女は、なんと……愛木乃ちゃんと並んで走っていたのだ。この真っ直ぐな道を……彼女は本当に負けずに走っていたのだ。
「……瑞……水野さん!」
彼女は、最後の最後……バトンを次の走者に受け渡すゾーンのすぐ傍まで来た。まだ、ヤクザ人格の方は、切れていなかったみたい! 良いぞ! 頑張れ! 後少し……後少し頑張れ!
横で一生懸命に走る愛木乃ちゃんも水野さんの奮闘に驚いた様子でいたが、しかしだからといって手を抜いたりはしない。彼女も全力だった。
「……どっちも頑張れ!」
次第に3組でも4組でもないクラスの人が、そう叫び出した所から少しずつ掛け声は、波紋を呼び……私達は2人を応援するようになった。
そんな中で、次の走者が準備をし始める。うちのクラスから水野さんのバトンを受け取るべく配置についたのは……。
「……皆! 任せてぇ~!」
煌木だった。最悪だ。どうして、水野さんの触った汗と熱の宿ったほんのりぬるいバトンをアンタみたいなカスが触るんだか……。
え……? てか、待って。煌木の次がアンカーだから……うわっ! 私、アイツの触ったきったないバトン受け取るのかよ! くぅぅぅぅぅ~! 美少女が良かった! くっそ……。マジかよ。
と、そんな事を思っていた矢先。バトンを受け取る態勢に入った煌木の視線の先では……とうとう彼のすぐ近くにまで来ていた愛木乃ちゃんと水野さんの2人の姿が目に入る。必死に汗を流しながら頑張る2人を見ていた私。
そして、次の瞬間に……彼女達の手からバトンが次の人の手へ渡っていくのが見えた。
――互角。水野さんも愛木乃ちゃんもほぼ互角にバトンを渡し終えた。勝負はつかなかったようだ。
私は、そんな光景をこの目で今度こそはしっかり焼き付けると、すぐに疲れてぐったりと横になりながら肩で息をする水野さんの元まで駆け寄った。
「……お疲れ様」
「……くっ、くっ、くっ……日下部さん。お疲れ様でしゅ……」
――あれ? この感じ……もしかして……?
水野さんは、続けて……ぜーはーぜーはーと苦しそうに息をしながら私に告げた。
「……《《私》》、最後まで走り切れました。……日下部さん、後は頼みました」
水野さんのその言葉を聞いて私は、あの時目を瞑って彼女の現実から逸らそうとした自分を恨んだ。そして……今度こそ心の底からの言葉で私は、水野さんに告げた。
「……ありがとう。水野さん。行ってくる」
私は、すぐに走って行き……煌木からバトンを受け取るあの場所へと駆けて行き、すぐに位置に着いた。
あの子が、ここまで頑張ってくれた。このレース……無駄にはしない! 私の秘密をこの先も未来永劫守るためにも……私の平穏で……おっp……コホン。大きな大胸筋もどきを観察するありふれた日常を守るためにも……この最後の戦い必ず勝つ!
その時、私の後ろから煌木の声が聞こえて来て、彼からバトンを受け取った。
「……日下部さん、いけ!」
うるせぇ! アンタに言われんでもとっくに走っとるわボケェェェェェェ! 今の私はなぁ……水野さんの思いと……この学校中全員のおっp……コホン。皆の心を背負ってるのよ!
――絶対に勝つ!
次回『最後の走者』




