三十三学期 ぶつかり合う者達
リレー序盤は、なかなか良い感じだったな。まぁそれも全てこの私の応援があっての事。オスども〜、私に感謝しろよ。
てな事を思っていると、私の前で列に並んでしゃがんでいる水野さんを発見。そういえば、リレーが始まってからずっと無口だったな。
見ると、水野さんは下を向いていた。そして、ほんのちょっぴりだけ震えているようにも見えた。それは、まるで小動物のような目の前に強大な肉食獣を前に恐怖に震えている時みたいに……。
「……?」
少し気になった私は、水野さんと同様にしゃがんで彼女と目線を合わせてから話しかけてみる。
「……どうしたの?」
すると、水野さんはとても強張った顔のまま小さな声で掠れながら答えてくれた。
「……どっ、どうしましょう。もしもまた……私のせいでクラスが負けたりしたら……」
「……え?」
水野さんの口から出た言葉は、何かに怯える恐怖というよりは……不安だった。いや、でも思い返してみれば……確かに不安になるのも無理はないか……。
そういえば、水野さんはリレーの時、いつも抜かされていた。運動神経があんまり良くないんだろう……。それで、自分が足を引っ張るかどうかが、とても不安。そう言う感じなのだろう……。
ふと、私の耳に同じクラスの女子達の声が聞こえてくる。
「……ねぇ次、水野よ」
「……うわ、アイツまじカタツムリみたいに遅くて……一気にビリじゃん」
「……アタシらの努力を無駄にするなし」
目線だけを振り返ってみれば、そこには見覚えのある顔が……。
――あの時、水野さんを陰で虐めてたアイツらか……。
私は、そんな彼女らのヒソヒソ声を聞いた後に再び、水野さんの方を振り返ってみる。彼女は、やはり震えていた。また、抜かされてしまうんじゃないか……。また……自分のせいで足を引っ張るんじゃないか?
きっと、そんな不安で心がいっぱいなんだろう。自分も気持ちは痛いほど分かる。
前世では、体育祭で活躍できるような人間じゃなかった。むしろ、クラスの中では一番運動が出来なくて……体育祭じゃ女子達から散々陰口を囁かれた。男子達からは、迷惑そうな顔で何度も溜息をつかれた。リレーも……《《俺》》の順番になるや否や誰も応援何かしてくれなくなった……。
皆、結局はそうなんだ。自分達にとって都合が良くなくなると……そうやって、一番弱い奴を除け者にする。人間の残酷な本能だ。……頭じゃ皆、平等だとか自由だとかほざく癖に……どいつもこいつも、ろくでもない奴ばかりだ。
テストの時だけチヤホヤして……オックスフォードに受かるや否や掌返してやっぱり好きでしたとかほざいて……人間なんてどいつもこいつも最低なド低能しかいない。
……でも、だからこそ。そんなドグサレ外道みたいな奴らしかいねぇようなこんな世界に二度も生かされちまっている私だからこそ……私だけは、この子に優しくありたい。
いいや、この子だけじゃない。こういう奴らに対してだけは……私は、優しくなってやりたい。例え、コイツらが既に芯まで腐ってるドブ犬だったとしても……こういう優しさが照らしてくれる温かい光を……俺は、ずっと求めていたのだから。
そう……だから俺は、現世で完璧になろうと決意した。完璧な美少女になれば……こういう子達を学校のカーストから少なからず救えるかもしれない。僅かにでも希望の光を照らしてやりたい。
「……水野さん、大丈夫だよ。リレーで負けても大丈夫。私が、取り返すから」
「……ぇ? そっ、そんな! 私、日下部さんに迷惑なんてかけたくないです! 私……!」
「……迷惑なんかじゃない! 誰だって苦手な事はあって当然。ここは、私に頼っていいから! 私が水野さんの分まで頑張る。だから……!」
「……日下部さん」
「……上向いて」
水野さんの瞳が次第にうるみだした。徐々にその瞳の中に涙をためていった水野さんは、とうとう……自分の出番がそろそろ来る直前になって涙が溢れてきたのか……彼女はすぐに自分の手で涙を拭いて、それから……私の方を真っ直ぐ向き、強く返事を返した。
「……うん!」
水野さんが、立ち上がってついに走る準備を始める。
「がんばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
私は、精一杯の声で彼女を応援する。すると、さっきまで涙を拭く事で精一杯だった彼女の顔が段々……真剣なものへと変貌していくのが分かった。
「……!?」
あの表情、もしかして……!?
何かに気付いた私。そして、その隣ではあの女子3人組が水野さんの事をぶつぶつと陰口を叩き続けていた。
そして、走って来た人からバトンを受け取る直前、水野さんの顔は完全にさっきまでのか弱い少女の面ではなくなっていた。
「……感謝するけん。日下部の姉御……!」
「……!?」
やっぱりそうだ! この土壇場で……水野さんは、もう一つの人格を覚醒させていたんだ!
そして、バトンが水野さんに渡った直後、彼女は今まで見せた事もなかったような勢いで走り出す……!
「……うおおおお! なんだか、分からないけど……良いぞ! 水野さん!」
「がんばれぇぇぇぇぇぇぇ! 瑞姫ちゃん!」
クラスの皆も応援する。そんな中、覚醒した水野……さん(?)は、3組の一位をキープしたまま一番前を独走する。彼女の凄まじい走りっぷりにヒソヒソ陰口を叩いていた女どもも流石にもう……何も言わなかった。
しかし、そんな一位を独走する水野さんの後ろから……一人の少女が後ろから出現する。
「……あらぁ? 水野さん。練習の時は、そうでもなかったはずなのに……いつの間にか……なんだか、凄い事になってますね」
4組の愛木乃ちゃん。そういえば……練習の時は、毎回……本能寺さんと愛木乃ちゃん達と同じ順番で……いっつもここで抜かされまくっていたんだっけ?
練習の時の様子を見た感じ、愛木乃ちゃんは物凄く足が速い。一年生の中でも……結構トップクラスに運動神経抜群なんじゃないだろうか……。そんな人とまたここで競い合う事になるだなんて……。
大丈夫かな……。
しかし、そんな私の心配をよそに走っている水野さんは、いつもと違ってかなり強きに愛木乃ちゃんに告げた。
「……もう、アンタには負けん。体育祭も、それから日下部の姉御の事も……わしは、今日アンタに勝ちにきたでぇ!」
「……うふふ。面白い。良いですよ! 今ここで……私達の決着をつけましょうか!」
次回『愛の為に戦う両者』




