二十九学期 覚醒者
「……お姉ちゃん? これは一体……?」
「……ごめん。瑞姫……ちょっと私もこれは、計算違いだったかも……」
「……かっ、かいちょう……」
数時間前、私と水野さんと氷会長、そして酔いから覚めて真のヒロインとして覚醒した火乃鳥先輩の4人は、3組の仲間達として手を重ね合っていた。
「……さぁて、本番までの間に火彩のアルコールもばっちりとっておいたし、私達の方も練習バッチリ……良い? この戦い、絶対勝つわよ。皆!」
会長の気合の籠ったかけ言葉。私は、隣に立つ水野さんにちょろっと話しかけてみる。
「……なんかさ、会長って負けず嫌い?」
「……はい。かなり……。小さい頃からこういう行事ごとになると……」
「あははは……」
真面目なんだなぁ……。会長って。そんな事を思いながら私達3組は、手を重ね合わせて空高く上げた。そして、ついに……体育祭本番がスタートする。
今日まで沢山練習もしてきたし……今は火乃鳥さんもいる! 前会った時は、酒カスでどうしようもない感じだったけど……今は違う! しっかりしてそうだし……なんだか、ちょっとだけ……頼りがいもある気がする!
きっと……勝てる!
そう思っていたのも運動会の初めの頃までだった……。種目は、進んでついに2年生のリレーが始まる。火乃鳥先輩は、まさかの3組アンカー。
ここまでは、すっごく期待できた。きっと、最後にぶち抜きまくるんだろうなぁって……。しかし、現実はそうはいかない。
「……火乃鳥さん! バトン!」
「任せて!」
――前の人から渡されたバトンを持つや否や、先輩は思いっきり転んでしまった。しかも、かなり綺麗に盛大に……。
「……あ」
この瞬間に私は、何かを察してしまった。いや、これは前世の運動が大嫌いだった頃に実際に自分も経験した事があるから分かるのだが……今の転び方は、正しく……運動音痴がやるやつだ。間違いない。……これに関して博士号で論文が書ける位には、自分も理解しているつもりだ。今の転び方はあかんと言う事に。
しかし、他の人にはまだそれが分かっていないらしい。起き上がる火乃鳥さんに会長や水野さん達が応援する。
「……火彩頑張れ!」
「せっ、先輩!」
その声援のおかげか、火乃鳥先輩はもう一度立ち上がる。しかし、瞬く間に……彼女はまたしても美しく空を舞って転んでしまう。
「……え?」
流石にこれで、違和感を覚えたのか……会長と水野さんも目を丸くし出す。そして、そんな彼女達に追い打ちをかけるように火乃鳥さんは、もう一回立ち上がって走ろうとするが、やはり転んでしまう。
いや、先輩……アンタ、すげぇよ。私だったら一度目でもうリタイアしてるって……。
水野さんが、不安そうな声で会長に言った。
「……お姉ちゃん? これは一体……?」
「おっ、おかしいわね? 確かに……火彩は、運動神経抜群で……スポーツ推薦でこの学校に入った秀才なはず……」
「……かっ、かいちょう」
私は、少し不安で心配そうな声を出して、目でアピールした。このままだと先輩が可愛そうだ……。何とかしてあげないと……って。そんな私の視線に気づいて自分自身何か思う所もあったのか、会長は私に言った。
「……ごめん。日下部さん、ちょっと火彩の所に行ってきて。私も放送担当の所に行った後で生徒会長として現場に赴きます」
「分かりました!」
すぐに私は、動き出した。いや、今回ばかりは……流石に先輩が可愛そうだ。元運動音痴として……こればっかりは見過ごせない!
そうやって、走って現場にやって来た私は、早速声をかけた。しかし、あんまり周りに目立つような事をせず、少し小さめの声だ。
「……先輩、大丈夫ですか?」
火乃鳥先輩は、とても弱った顔で……私が現れた姿を見るや否や、苦しそうにこう言った。
「……さっ、さっ……」
「え? さ?」
「さ……け」
「酒?」
火乃鳥先輩は、ゆっくり首を縦に振ってコクリと頷き、こう続ける。
「……酒を、酒をくれぇ~」
「……え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 何言ってるんですか! 酒って……ここは、学校ですよ!」
「良いから! アルコールよ!」
「……先輩」
「校則を破ってもいい……TPOなんてガン無視したって構わない……。私は、飲まなきゃやってられないの!」
あ……この人、正ヒロインでもなんでもねぇ……。やっぱりただの酒カスだ。
いや、というか……酒って、こんな所に酒なんか飲んでる人なんて……。
すると、先輩が私に告げる。
「……わっ、私のバッグが置いてある……。椅子の上に……こっそり、ビールの缶をいれているの。それを持ってきて欲しくて……」
「……バッグって、でもここからかなり遠いし……」
なんて、思っているとその直後に私の後ろから水野さんが声をかけてやって来てくれる。
「……日下部さん! これ! 中になんか入ってるし……もしかしたら!」
「……! サンキュー! 水野さん!」
ちょっと、完璧美少女らしからぬ返事だけど、この際何でも良い! とりあえず今は……!
「……先輩! 受け取って! 新しい生中よ!」
私は、缶のプルタブをさっと開けて、それを火乃鳥先輩に渡すと、彼女は勢いよくそれをゴクリと飲み干して……そして……。
今、なんだか瞳の奥に輝きが宿ったような……。
刹那、さっきまでフラフラだったはずの火乃鳥さんが勢いよく起き上がって……バトンを持ったまま突然走る時のポーズを取り出した。
「……いよっしゃあああああ! おいどんに任しときぃ!」
……え? おっ、おいどん?
そして、気づくと火乃鳥さんは物凄いスピードで今までに見た事もないくらいの勢いで走り出し、もう既に半分走り終えてしまっている他の組のアンカーたちを一気に追い抜いてしまった。
「……あ、あぁ……」
呆然とする私に、隣に現れた会長が告げる。
「……そういえば、あの子は……お酒がないと何もできない奴だったんだ……」
こうして、見事に我が3組は、2年生のリレーでぶっちぎりの一位を獲得するに至ったのだった。
次回『留年者』




