二十五学期 身なり整えし者
前世では、ショッピングモールなんてほとんど行った事は、ない。時々、母親が勝手に服を買って来てくれて……それを着ればいいだけの生活だったから。今になって思えば、それが正直かなり楽だったし、まぁしかも前世の母親は服のセンスも良い方だったと思う。
しかし、今は違う。今の母さんは……私が小学生の頃くらいから「日和は、女の子だもんね!」と言って、私に服を選ばせてくれている。
子供の教育としては、とても素晴らしい母親なんだろう。自分で自分の身なりを整えさせようとする事は……。いや、しかしだ。普通の女の子ならその育て方で大正解なんだが……私の場合は、正直困る。
前世の記憶も生まれた途端に引きずっているせいもあるんだろう……。マジで服の選び方だけは、分からない。ただ単に身なりを綺麗にすればいいってわけでもないんだもん……!
だって、身なりを綺麗にすればいいだけなんだったら、皆ドレス着りゃ良いじゃん。なのに……なんか、違うんだもん。
そんな事もあってか、私は友達とショッピングモールに来る事は、これが初めてだったりする。
クラスの女子3人組が、ノリノリで試着室に立つ私へ次から次へと服を手渡してくる。
「……うははははは! すごぉい! マジで、何でも似合うねぇ。日下部さんって。ねぇねぇ! 次は、これ着てみてよ!」
「……あっ、じゃあその次は、こちらで!」
「……これも着て欲しいな!」
「……あっ、ありがとうございます」
いや、困るなぁ……。服選びって、もっとこう……ささっと終わるもんだと思ってたのに……。もう30分位この試着室に籠っている感じなんだが……。このままだと男ども来ちゃうよ?
「……あっ、あのぉ…………服を着るのは、良いんですが……待ち合わせ時間とかもありますしその……もう、このドレスで良いんじゃ……」
しかし、その言葉に女子3人は、口を揃えて言うのだった。
「「それは、絶対にダメ」」
「……ヒッ!」
こっ、怖い! こわいよ! 女子って、なんでこんなに服に厳しいの!? もっと優しくても良くない! カタカタカタ……と恐怖で震えてしまいそうになった私だったが、なんやかんや言ってそのまま3人の選んできた服を着ていく事にした。
「……ねぇ! まだぁ~日下部さん!」
「……すっ、すいません! もうちょっと!」
くぅ~、なんで女の子の服ってこう……着づらいものばっかりなんだ! もっと、男を見習え! Tシャツバンッ! ズボンスチャッ! 上着をギュンッ! の3ステップである程度完成なのに……。元男には、難易度高すぎるわよ。この紐だかが複雑に張り巡らされた服? 下着?
何かの結界なのかしら……?
……と、そんな事を思ったりもしつつ、私は着終わった服を皆に見せていく。
「……どっ、どうですか?」
最初に着たのは、ロングスカートと黒い上着が特徴的なコーデで、まさにお洒落って感じの服装だった。
「……いやぁ! 似合うねぇ! やっぱり私が選んだだけありますわ!」
真ん中の女の子がそう言う。そして、このすぐ後に他の子達に急かされて、私はすぐに次の服を試着し始める。
そして、すぐに着替え終わった私が服を見せる。今度のは、長いズボンでクールに決めた感じのちょっとカッコイイ系だ。
「あぁ! こういうのもありだねぇ!」
じゃあ、次! と言われてすぐに私は、試着室に戻っていく。はぁ……早く終わらないかなぁ……。なんだか、この感じが初めてすぎて慣れないというか……。
と、その時だった。私が次に着る予定の服を見てみると……。
「……って、これって!?」
驚いていた私だったが……外から早くしてよぉ~とかそう言う声も聞こえてくる。
うぐぅ……。しっ、しかし……もうしょうがない! こうなったら! こうなったらもう、ままよぉ!
勢いよく着装した私が、試着室のカーテンをバッと剥がすように開けて行く。すると、待っていた女の子達が途端にポカンとしだす。
「……ん?」
真ん中の子が、キョトンとしていると次に左に立っている子が、スマホを取り出してパシャパシャと写真を撮りながら喋り出した。
「……いやぁ、いいねぇ! 最高だねぇ! やっぱり日下部さんは、こういう服も似合うよねぇ!」
「……ちょっ! ちょっと待ったァァァァァァァァ! こっ、これって!」
真ん中に立っている子が、左の子に聞くと彼女は、親指でグッジョブをしながら……キリッとした顔で答える。
「……はい! 童貞を殺すセーターです!」
「……どこから持ってきた!? そんな服、この店にあったっけ!?」
「……はい。発掘いたしました!」
「するな! ……というか、これじゃあさっきのドレスと変わらないじゃない!」
「……いやぁでもぉ~、見てみたかったでしょ~? エッチな格好」
「……真面目にやれや」
そんなこんなで、この謎のセーターを着せられた私であったが、そんな時に少し離れた所から水野さんが駆けつける。
「……あっ、あのぉ……」
彼女は、何か言いたげな表情と両手に服を持って、オドオドした様子でこっちへ近づいてくる。それに気づいた私。そして後から気づいた女子達が水野さんの持っている服を見て彼女が何を言いたげなのかを察知する。
「……ありがとう。ちょっと待っててね」
私はすぐに試着室のカーテンを閉めて、服を着替える。
それから、試着を終えた私がカーテンを開けると皆は、とても良い感じの表情をしており、口々に「似合う」と言ってくれた。
白いニットっぽい服の上に黒いジャケットを着て、下は黒のショートパンツ。胸にはいつもつけているネックレスも首にかけて、バッチリ決めている。
「……確かに。これ、良いかも」
自分でも何となく良いなと思った。具体的に言葉にはできないのだけど、何となくだ。
水野さんが私の様子を見ながら喋り出す。
「……日下部さん、足綺麗で長いから……こういうのありかなって……その、思いました。えっと、もしも……その、嫌だったら他のでも……」
「……ううん。これにする。ありがとう」
水野さんは、とっても嬉しそうに微笑んだ。そして、眩しい笑顔を浮かべたまま口を開く。
「……はい!」
そんな私達の会話を聞いていた女の子達は、温かい笑みを浮かべだす。左の子が言う。
「……それじゃあ、お会計にしましょっか。だいぶ、時間経っちゃったし」
いや、童貞を殺すセーターとか持ってきたの誰だよ。
「……時間ヤバいのアンタのせいでしょ」
真ん中の子が私の気持ちを代弁してくれた。私達は、そんな漫才みたいなやり取りを見て笑い、それからお会計を済ませて、ショッピングモールを出て行く。
「……はぁ、でもやっぱりドレスも素敵だと思うんだけどなぁ」
私が集合場所に戻る途中でそんな事をぼそっと呟くと、私の後ろを歩く女の子の1人が言う。
「……ダメだよ。確かに綺麗な格好だけど、一緒にいる私たちが恥ずかしくなっちゃう。あのね、日下部さんは確かに美人で何でも似合うけど、服ってその時その時のTPOに合わせて着る事が大事なの!日下部さんのそのドレス……なんか舞踏会にでも行く時の格好じゃん。そう言うのは今日着て行くんじゃなくて……」
と、その子が色々喋っていると集合場所に到着。そして、前から1人の男子に声をかけられる。
「……いやぁ! 遅かったね」
その虫唾が走りそうなきっしょいキザな感じの声に振り返ってみると、そこにはまるで御伽噺の王子様みたいなすんげぇ服を着ていて、それでいて髪型もワックスでガッチガチに決めたエゲツない姿をした煌木の姿があった。
「……あっ、あぁ……」
確かにあの子が言っていた通りにダサい。なんだろう……この全くTPOを弁えていないクソダサファッション。マジ、終わってやがる! こんな姿で私もさっきまで平然と歩いていたのか……確かに着替えといて良かったぁ……。
「……確かに、そうね。あぁ言う格好は、もうこれからしないように気をつk……」
「「きゃあああああああああああ! 素敵ィィィィィィィィィィ!」」
へ?
女子達が騒ぎ出す。3人は、煌木の元へと駆けて行く。彼女らの瞳の中にハートが宿っているのが見えた気がする。私は、その光景にポカンと口を開けるだけだった……。
「素敵ィィィィィィィィィィ! カッコいいィィィィィ!」
そんな声が飛び交う中、私は隣にいる水野さんに告げた。
「……私、もう自分で服選びに行くのやめるわ。馬鹿らしくなっちゃった」
「……はい」
次回『立ち向かう者』




