二十三学期 危機なる者
4月も終わりに近づいて来た頃、周りの生徒達は体育祭なんかよりも先に訪れるGWを楽しみにしている頃だ。
高校生活最初のGWと言う事もあって……皆、教室のあちこちで最初に仲良くなった友人達と休みの間に何処で遊ぼうか否かとわいわい話をしている声が聞こえてくる。
そうかぁ……。もう4月も終わりかぁ……。気づけば、校庭に咲いていた桃色の桜たちもかなり散って来ていて、葉桜どころか葉っぱだけの木も沢山見えるほどだ。
なんだか、まだまだ高校生活始まったばかりだけど……もう既に少し寂しい気分だなぁ……。
と、外で散り終えた桜の木を眺めながら私もクラスの人達の会話を片耳で聞いていた。
……GW。ふふふっ、この私が……遊ぶ相手が全くいないとでも思うかね? 私は、この学校一の美少女! 日下部日和よ!
私と遊びたくてしょうがない女の子なんて……ゴミダメ場のごみのようにた~くさんいるに決まっているわ! きっと、今日これから……私をプールや海に誘って水着をお披露目してくれる可愛い女の子達がやって来るに決まってる!
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……しかし、現実は全く甘くなかった。完璧美少女として転生し、学校一のマドンナとなった私の元には……放課後になっても誰一人として声をかけてくれる人なんて現れない。
いや、というか……ちょっと待って! 男子でさえ誰もいないってどういう事!? 男の中で誰か一人でも……私とデートしたいって思ってくれる人がいてくれても良くない? (いやまぁ、男となんか絶対行かんけどさ)
いや、それにしても……寂しすぎるって! 寂しすぎるよ! これ! このままじゃ、前世と何も変わらない1人静かな寂しいGWを過ごす羽目になっちゃうわ! それだけは……それだけは絶対に避けねばならない! 私の知る完璧美少女という概念を背負いし者達は皆、GWからリア充生活を送っていると相場は決まっているの! なのに……どうして? どうして誰も……誰もこの私に声をかけないわけぇ!
おかしいわ。絶対何かがおかしい……。こんなはずじゃないはずよ。だって、現に今日も昨日も……朝は学校中の人達から挨拶されたわ!
……って、ちょっと待ってよ? 本当に学校中の人達から挨拶されたっけ? 私……。もしかしたら……誰か一人でも挨拶し忘れた人がいるんじゃ……。
私が、必死に脳内で誰の事なのかと……考えている時、ふと私の頭の中に1人の人間の顔が浮かび上がって来た。
そうだわ! 思い出した! 昨日も今日も……清掃のおじさんに会っていないじゃない! あの人にだけは、挨拶してない! ああああああああああああ! 完璧美少女たるこの私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 清掃のおじさんの存在を忘れるだなんて……。くぅぅぅぅ!
きっと、今頃……学校中の私の知らない所で色々な人達が囁いているはずだわ……!
「……ねぇ、知ってる? 日下部さんって清掃のおじさんには、挨拶しないらしいわよ?」
「……えぇ!? マジィ? ありえな~い! 清掃のおじさんに挨拶しないとか心腐ってるんじゃないの!」
「ホントよねぇ! 学校の掃除よりもあの子の心を綺麗にしてもらった方が良いかも~」
「いやそれなぁ~。ガチ、あり得ない~。清掃のおじさん無視するとか、ガチクズじゃん! 毎日、私達の学校を綺麗にしてくれてるのに~。さいってい!」
「それなぁ~。さいってい! うちなんか今朝、清掃のおじさんに挨拶した後、ジャンケンまでやってきちゃったしぃ~」
「……えぇ? うちなんか、清掃のおじさんと朝のあいさつした後、2人で将棋うったしぃ~」
……こっ、こんな悪口が学校中に広まっているに違いない! きっと近々、誰かが……ネットに…………”悲報:清掃のおじさんに挨拶もしないガチクズ女子高生さん、学校中から嫌われまくるwww”みたいな書き込みをされて……。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
「……えーっと、大丈夫かい? 日下部さん?」
と、私がこの世の全てに絶望していると……隣から煌びやか輝きを纏った煌木が声をかけてきたが……今の私は、こんなのの相手をしていられる程、暇じゃない。だから、無視して廊下へ走って行った……。
「……また、お腹でも壊しちゃったのかな?」
私が教室を出て行ってすぐに煌木がそう言っていたような気がした。だが、最早そんな事にいちいち気を取られている場合ではない……!
まずいまずいまずい! 今すぐ……今すぐ何とかしないと! 清掃のおじさんの所に行って……挨拶しないと! 挨拶しないと……私の高校生活がおわるぅぅぅぅぅぅぅぅ!
廊下を走る私、すると走っている途中で今度は……金髪のお嬢様と遭遇する。彼女は、私を見るなり突然、自分の金髪をサラッと風に靡かせ、高飛車な雰囲気で私に話しかけてこようとする。
「……おーほっほっほっ! あらぁ? どうしてしまったの? そんな大慌てで廊下なんか走っちゃって? もしかして、何か急ぎの用事でもできてしまって?」
しかし、今はこの子に構ってられる程、私も暇人じゃない!
「……ねぇ! 清掃のおじさん知ってる?」
「あらぁ……そんな事で困っていらっしゃるの? それなら……って、え? 清掃のおじさん?」
「そう! いいから早く教えて欲しいんだ!」
「……そっ、それなら…………さっき3年生のいる4階へ向かって行ったような……」
「ありがとう! 感謝するよ! 平等院さん!」
「おーほっほっほっ! そっ、それくらい余裕でs……って! 私は、金閣寺ですぅ! 鳳凰堂と間違えないでくださいまし! って、ちょっと! お待ちなさい!」
私は、鳳凰堂さんが追いかけてくる事も知らずに3年生のいる4階へ走りだす。早く清掃のおじさんを見つけないと……! 私の学校生活がかかっているんだ! 早く見つけて……挨拶しないと!
後ろからぎゃーぎゃー声が聞こえてくるが、無視。今は、忙しいのだ。
そして、私が3年生の廊下へ到着し、その道を真っ直ぐ走っていると今度は……美しい見た目をした青い髪の美少女に声をかけられる。
「……ちょっと! 日下部さん! 廊下は走っちゃダメって日頃から言われているでしょう? 生徒会長としてそれは見過ごせません!」
「……氷会長! 良い所に! あのっ! 清掃のおじさん見ませんでした?」
「へ? は? 清掃のおじさん? それなら、確か……さっき下に降りて行ったような……」
「ありがとうございます!」
「あぁ……! って、こら! 待ちなさい!」
氷会長も私の事を追いかける。しかし、この事にはやはり気づかないまま……私は、廊下を今度は下に降りていく。
そして、もう一度2階の1年生のいる所に戻って来て、清掃のおじさん探しを始める。すると、またしても誰かに話しかけられる。
今度のは、ウルウルした目でこっちを見つめる黒髪大和撫子のお姉さん……。
「……日和ちゃ~ん! 大変なのよ! 私……私ィ! 昨日、ついに……寝る前に…………あそこが……膨らみだしちゃってぇ!」
「あぁ、はいはい。後で話聞くからね。じゃあね、愛木乃ちゃん」
「そんなぁ! 酷い! ちょっと待ってくださいよぉ!」
愛木乃ちゃんまで私を追いかける。しかし、後ろに3人の美少女が追いかけてくる事に私は、全く気付かず……清掃のおじさん探しを続ける。すると、今度は自分のクラスの前で1人の小さな少女に声をかけられる。
「……あっ! 日下部さんいたいた。あのっ! えっと……」
「……ごめん。水野さん後で!」
「ふぅぇ!? そんな! 待ってくださいよ!」
かくして、水野さんまで私を追いかける羽目に……しかし、そんな中で私はついに……清掃のおじさんを発見する!
――いた!
「おじさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
清掃のおじさんの元へ駆けつけた私は、ぜーはーと息を切らして、しばらくの間……呼吸を整えていた。すると、どうしたのかとおじさんは、心配そうに私にこえをかける。
「……どうしたのかね? 君? もう放課後だし、早く家に帰った方が良いよ」
「……いえ! そのっ! 私……おじさんにっ! おじさんにどうしても言わなきゃいけない事があって!」
「……ん!? わっ、わしぃ!?」
慌てた様子の清掃のおじさんに私は、はぁはぁ……と息をきらしながら……やっとの思いで口を開こうとする。夕日が綺麗に輝く空の下で……。
「……こらぁ! 日下部さん! 貴方、廊下は走るなとあれほど……」
「……酷いですよぉ~。話聞いて欲しいだけなのにぃ」
「……貴方、いい加減わたくしの名前を覚え……」
「……はにゃ!? 日下部さん!?」
後ろから追いついて来た4人がそれぞれ私に言いたい事を言おうとしてくるが、私はそんな事も気にせず……呼吸を整えて……清掃のおじさんに自分の気持ちを伝えようとする。
「……わっ、私……実は、その…………」
しかし、私が口を開いて言おうとしたその時、後ろにいた水野さんがそれを阻止してきた。
「……ちょっ! ちょっとまってくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「……?」
少し振り返ってみると彼女は言った。
「……くっ、日下部さん! あの……その……そっ、その人よりも……わっわたっ、私の方が……」
「……んん?」
何言ってんだろ? 私はただ……。
よく分からない私は改めて清掃のおじさんに挨拶しようとする。しかし、その直前で今度は全く別のたまたま通りかかった同じクラスの女の子に話しかけられる。
「……あっ! 日下部さん! GW空いてる?」
「……んえ?」
その突然の事に私は、ついつい挨拶する事など忘れて振り返ってしまう。すると、その子は隣にいる友達と一緒に私に話しかけてくるのだった。
「……いや、GWにね〜。体育祭も近いし、クラスで集まれそうな人を集めてちょっとした親睦会でも〜って皆で企画しててね。よかったら日下部さんもどうかな?」
……何!? 親睦会!
「うん! 行く行く!」
「良かったぁ。それじゃあ、また後で詳細はLINEで送るねぇ〜」
「うん! 待ってるね! 誘ってくれてありがとう!」
私は、そのまま清掃のおじさんの事など忘れて、その子達と一緒に喋りながら教室に戻って行く。
この様子を後ろにいた水野さん達は「……」と見ているだけだった。
取り残された彼らは、私が少し離れた所まで行くと……鳳凰堂さんが4人の気持ちを代弁するかのように言ったのが少し聞こえた。
「……なんだったんですの?」
次回『ズレし者』




