彼の幸せ①
「お先に失礼しまーす。」
自分の言葉にちらほらと返事が返ってきたことを確認して退出。エレベーターホールは定時上がりの人で賑わっていて、この後の予定を楽しそうに語っている人が多い。
週明け月曜日には基本寄り道をしないと決めているアタシは駅までの道を真っ直ぐ歩く。
予定だったのだが。
「…久しぶりだね。」
「そうでもないと思いますけど。」
何故アタシは石井さんとコーヒーを飲んでいるのだろう。彼とはあの騒動以来まったく接触はなかったのに。
二階のカウンター席に並んで腰かけて、下を歩く人達を眺める。社内で見かけたことのある顔を見つけて、今の状況を見られないように祈った。
「異動するらしいですね。」
「なんだ、もう知ってたんだ。」
「まぁ、噂好きな人が多いので。」
今朝出社してすぐに耳に入ってきたのは、隣に座る男の人事異動の話だった。元々仕事の出来る人なので以前からそんな話は出ていたらしい。彩子がいたから断っていたのかは分からないけど、このタイミングでそれを決めたのは。
「気にしないようにはしてるんだけど、やっぱり皆の視線がちょっと…ね。自業自得なんだけどさ。」
そう言って石井さんは本日のおすすめだったコーヒーに口をつける。どう返事したらいいか分からなくて自分も季節限定のフルーツティーを啜った。
攻略対象の人全員をよく知っているわけじゃないけど、この人が一番可哀想というか。他の男性はそこそこ楽しい人生を謳歌しているというか(主にカフェの店員さんが)。
一番狩野さんに近い存在だったからその影響が強いんだろうけど。
「確かに色々ヤバいなぁと思うことはありましたけど、反省?してるわけですからいいんじゃないんですか?まだ若いんですし、異動先で素敵なご縁に恵まれるんじゃないんですかね。」
適当に言ってみれば少しスッキリした顔でお礼を言われた。普通にしてれば良い人なのに勿体無い男だ。
「いつからなんですか?」
「引き継ぎがあるから3ヶ月後かな。…彩子は元気?」
「元気にお酒飲んでますよ。」
彼女のそんな姿が容易に想像出来たのだろう、可笑しそうに笑った顔が急にこちらを向いた。
「那智さんも最近噂になってるよ。」
「え、なんで?」
「彩子の隣にいるからそこまで目立たないけど、普通に綺麗な人じゃんって。」
周年記念パーティー以降そんな声が聞こえてくるようになったらしい。なんだ普通に綺麗って。褒めてるのか?
そこからはポツポツと他愛もない言葉を紡ぐ。槙君と連絡は取ってるそうだ。彩子のことは聞かされていないのだろう、その話にはならなかったけど。




