【sideY】気付いていた男
「本当に送らなくて大丈夫?」
「うん。ここまでで平気。優ちゃんはゆっくり休んで。」
駅の改札手前でそんなやり取りを始めてから何分経ったのか。乗ろうとしていた電車は二本くらい前に発車した気がする。
心配だからせめて最寄り駅まで送ってあげたいのに、首を縦に振ってくれない彼女に少しだけモヤモヤする。俺のこと気にかけてくれるのは嬉しいけど。可愛い、好き。
「ちゃんと家着いたら連絡するから。」
「家着いてなくても連絡して?」
「…わかったわかった。」
少し困ったように笑って了承してくれる姿も可愛い。これ以上引き留めるのもよろしくないので、残念だけど別れを告げて改札の向こうに消えていく彼女を見送った。
回れ右をして帰路へ着こうとするとポケットの中でスマホが震えた。確認すると彼女からで、お礼といつものスタンプが。
(あー…既に会いたい)
彼女のアカウント名を【なっちゃん】に変更しようと思って指が止まる。
(押し切ったけど…"なっちゃん"は何かあったな…)
普通の人だったら特に気にもしないであろう違和感に気付いてしまったのは愛故か。自分が彼女を呼ぶ度、自分を通して何かを見ているような視線が合わない感じ。
おおかた昔の恋人絡みだろう。それも良い思い出の無い相手。
(ま、そんなの関係ないけどねぇ)
ぽんぽんとリズムよく流れるメッセージを一度止めて仕事のスケジュールを確認する。次に会う約束もしたいのに、表示される予定は仕事・仕事・仕事…。
例年より遅い梅雨はまだやってこない。先日南の方が梅雨入りしたんだっけか。
天気が崩れても今日みたいに急に誘うのも申し訳ないし、なんで俺こんなに忙しいんだろう。
(とりあえずメッセ送って、帰ったら亮君に調整してもらうかな…)
裏道に入ったところで別のポケットにしまってあった煙草を取り出す。なっちゃんが煙草嫌いって言ってたから、この箱が終わったら禁煙しよう。過去何度かチャレンジしては失敗してたけど、今度は上手くいく気がする。
余韻に浸りながら帰宅して、恐ろしい愛猫の声に餌をやり忘れていたことに気付くまであと7分。




