休憩室での盗み聞き④
「急だけど、今から会えないかな?」
ロッカールームと休憩室は隣同士。換気の為か隔てている壁の上部は磨りガラスの窓があり、今日は開いていた。
人もいないせいでどちらの部屋も静かな為、隣の部屋でもそこそこ聞こえる。
沈黙が続いていたからこちらに気付いていないのだろう。彼女、狩野さんは誰かに電話を掛けていた。
「うん、会いたいなぁって思って。………、ホント?やったぁ!じゃぁ今からそっち向かうね!…うん、……うん、じゃぁまた後で!」
相手は分からないが、まぁ男だろう。あのタイプが女相手に会いたいなんて言わないと思うし。
それを向かいの彼も分かっているようだ。ほんの少しだけ傷付いた顔で手元の缶コーヒーを見つめている。
ガチャガチャと何かを漁っている音と鼻歌。機嫌良く化粧直しをしているであろう彼女に気付かれないようにアタシ達は頑張って気配を消した。時間にしたら10分程度だったと思う、やっと出て行ったのを確認して大きく息を吐いた。
「狩野さんは異性に人気があるようですね。」
「…そうみたいです。」
仮にも彼の想い人なので悪口にならないような言い回しをしてみるが、そんなのも気にならないくらい放心しているらしい。乙女ゲームの世界だと仮定すると、彼女は彼の攻略に失敗したと言ってもいい。逆ハールートがあるとするなら、この段階でもうアウトだ。
「…話というのは、彼女達のことなんです。」
「達…ですか?」
「はい。先日お会いしたばかりの貴女に相談するのも申し訳ないんですが、話せる人が居なくて…。」
聞こうとしていた本題は狩野さんと、恐らく彩子のことだった。一応交際していることは伏せていたと言うし、皆にバレていると知らないなら確かに相談出来る人はいない。アタシが知っているか聞いたのはそういうことか。
「少し話すどころじゃなさそうですね。」
「本当に申し訳ないです…。」
「流石にいつまでも此処に居るわけにもいきませんし、とりあえず場所移しましょうか。」
アタシの提案に頷いた彼は、いい店があると言ってスマホで予約を始めた。金曜の夜だから飲食店は厳しいのではと聞くと、友人がやっているから融通がきくと笑っていた。
それならばと、その店の情報を送ってもらう為にSMSのIDを交換する。一緒に行く方が良いのだが、誰に見られるか分からないので別行動をお願いした。自身が狩野さんのせいで噂になっているのには気付いている彼も、これ以上ネタを増やしたくないと思っているようで賛成してくれた。
先に休憩室を出ていく彼の背中見送り、面倒事に巻き込まれたことに溜息が出た。




