表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

II・始動

その青年は、霧にぼやけて、たった一人でいるかのようだった。

けれど、実はそうではない。けれどそれはまた後に語ろう。


青年は、名を慈月イツキといった。その目は途方に暮れている。

それもそのはず……――

だって、彼はもともとこの世界の住人ではないのだから。



慈月の姿は、ワイシャツにジーンズという、近代文明の象徴かのようなラフな姿。

どう考えても、この世界に不釣合いである。

手には絵筆と、パレット。

……どう考えても、勇者や、賢者や、魔法使いという姿には見えない。

大体、彼だってこの現状を理解していない。

慈月がここに立ち、この世界に紛れ込んだのは、ほんの数分前のことだ。



「……なんで俺はここにいるんだ?」

「決まってるじゃないか、君がこの世界を描いていたからだよ」

ケタケタと笑うのは、不思議の国のアリスにでも出てきそうな白いウサギ。そういえば、確かに慈月はさっきまで

向き合っていたキャンパスに、白いウサギは描いていた……が……。

「あらゆる意味で、訳がわからないんだが」

「まあ、そのうちわかるさ」

ピョコン、と彼の肩に飛び乗って、ウサギが鼻をひくひくさせた。どう考えても、生きたウサギである。

けど、ウサギって臆病じゃなかったか?

彼は、幼い頃飼っていたウサギのシロを思い出す。慈月は最初、臆病なシロに構うあまり、手を噛まれた記憶がある。

「…お前は一体誰なんだよ」

「僕?心外だな。君がキャンパスに描いたあの白いウサギさ。もう忘れちゃったの?」

「は?」

「だぁーかぁーらぁー!物分りが悪いなあ、まったく。説明するの面倒くさいんだから、一発でわかってよね」

耳をふるふると動かしながら、ウサギは目を細めた。その仕草に、ますます混乱する慈月。

「……だから、なんで俺はここにいるんだ?というか、どこなんだよ、ここ」

改めて、辺りを見回す。といっても、左半分はウサギが肩に乗っていたので、向けなかったが。

そこは、慈月が確認する限り、荒涼とした草原であった。時折樹がなよなよと生えている他、虫以外に生物の気配はない。

「ここは………」

彼の表情の変化を見て、「やっと分かった?」とウサギは満足げに呟いた。

そう、やっと分かった。

けど、信じられない。……慈月は無意識のうちに、生唾を飲む。

ここは、さっきまで自分が描いていた絵の一部だ。




さっきまで、彼は部屋に閉じこもり、パレットに色を作っていた。

作っていたのは、深い緑色。

慈月はこの夏休み、コンクールに向けての絵を描こうと一念発起したのである。

もっとも、彼は絵について素人であったわけではない。むしろ得意に値し、美術の成績だってずっと5を取り続けてきた。

けれど、正式なコンクールに向けて絵を描くのは初めてである。

しかも、動機は教師から勧められ、ポスターに「大賞は賞金50万円」と書かれていた……という不純な代物。

小説家を目指す慈月は、その賞金で自分専用のパソコンと、ずっと狙っていた本を手に入れようともくろみ、

丁度草稿を仕上げた小説を絵に描いてみよう、と思ったのだ。

その小説は、失われた都に眠る歌姫を捜し求めるという、ファンタジーな冒険小説。

『紳士、淑女の皆様方……』という、彼のお決まりの書き出しから始まるものだ。

そして、まずは冒険小説に欠かせない荒れた草原を描こうかなぁ……と思い、緑色を作って、ついでに

白いウサギも描いてみよう、と思いつきで下書きにウサギの輪郭を鉛筆でささっと加えた。



それからキャンパスに出来た緑色を塗り、気づけば頭の中に思い描いていた草原に自分はいる。



「……俺はごく普通の高校2年生で、まだ夏休みの宿題とか終わってなくて、

 午後から友達と遊びに行く約束をしてるんだけど」

「そんなこと知らないよ。僕に言われたってどうしようもないでしょ?」

「………(まあ、その通りだが)」

……だけど、結局俺が聞きたいことの答えはわかってないぞ。


大体、なんで俺はここにいるんだよ!

と、半ば吠えるように拳を握り締める。



だって、ありえない。

夏休み中に、不純な動機で描き始めた絵の中に自分が迷い込んでいるなんて、そんな小説みたいな展開は、

人生に出てくる台本じゃないんだ。いや、むしろ出てくるな。帰ってくれ、台本。

今まで読んできた小説には、そういった主人公がたくさんいたけれど、所詮それは作り話だし、と思ってきたのが

現状だ。いや、それは慈月限定ではなく、小説を読む人は皆そう思っているだろう。

が、実際にこうしてその「主人公」みたいな状況に置かれると、まず頭が真っ白になる。そして焦る。

それでもって、どうでもいいような考えばかりが頭をぐるぐる回るのだ。

「まったく、イツキは子供なんだから」

ウサギが「はぁーあ」とわざとらしく溜め息をつくのを尻目に、慈月はこの世界を凝視していた。

だって、彼が書いていた小説は、とんでもない冒険物語なのだから。

ある意味世界観をぶち壊してみた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ