I・忘却の歌姫
−−紳士、淑女の皆様方!
今宵お目にかけますは、
宵闇に縫い付けられた歌姫で、
彼女を巡る不思議な御話に
御座います。 −−
それでは、開幕。
昔々、或る処に……――
時は悠遠の彼方、まだ神々が地上に手を伸ばし、混沌に悪魔が棲んでいた頃。
忘却の都、かつてこの世で一番栄えているとうたわれた国に、美しい歌姫がいた。
『忘却の歌姫』
彼女は当時、国一番、いや世界で一番という声を持つ者で、
星のように白い肌、深い麦のような黄金色の髪、そして見る者すべてを魅了する碧の瞳は、
「まるで精霊のよう」と時に反感を買うような美しさをも兼ね備えていた。
天からの歌姫――それが、彼女の異名。
そう、だからかもしれない。
彼女が今も、いばら姫のように深く眠り込んでいるのは、その見目姿故なのかもしれない。
彼女は、誰にも知られない、深い、深い眠りに落ちているのだ。
遠い昔に魔女の呪いを受け、今もずっとその瞳を開けられないでいるのだ。
月が幾度満ち欠けを繰り返しても、太陽が何度昇っても、歌姫はそれを見れないでいた。
歌姫が何故眠っているのかは、都以外に誰も知る術はなかった。
ただ、そんな人の好奇心をくすぐる話には、必ず謎めいた書物とか、口伝えの物語とか、
とにかく余計に好奇心を燃やさせるものがあるものだ、
そう、この歌姫とて、例外ではない。
忘却に沈みし都に眠る乙女、
汝はかの者を見出し、
やがて琥珀の主となろう。
終焉を歌いし滅び行く乙女、
汝は魔女の呪を見出し、
やがてこの世を統べるであろう。
白銀の泉を伝えし乙女、
汝はかの歌を見出し、
やがて全てを失くすであろう。
それは、まるで砕けた硝子の絵。一体何を示しているのか、何が重要で何が無用なのか、
何が真実で何がまやかしなのか、どこを捜しても見つかりそうもない代物であった。
けれど、勇者、賢者、魔法使いといった愚かで、驕れる男は、その歌姫を求めて
やがて国を出、海を出、世界の果てまで彷徨う。ある者は歌姫を妻とするために、
ある者は自身を伝説の人とするために、ある者は莫大な富と崇拝を求めるために。
そして、彼らは皆、都も歌姫も見つけられないまま、何処かで骸と成り果てるのである。
それはまるで不思議の国。
あちこち迷い歩き、奇妙なものに出会い、自身がやがて判らなくなり、
そして死ぬ、土に還ってしまう。獣がその肉を食べてしまう。
それら全てを知らないまま、美しい歌姫は眠り続けている。その碧の瞳は隠され、
男の手が遠くで自分をまさぐっているのもわからずに、眠り続けている。
けれど、物語は決して果てるということはない。
そう、だから、物語は飽くことのない、素晴らしい世界となるのだ。
今此処を歩いている青年も、そんな物語のうちの一人。……
世界観がなんだか既にカオスな気がする。