イルミネーションに背を向けて
・私 : 雪月 花
・あいつ : 猪ノ口 強
・あの人 : 鹿角 一樹
・猫 : 蝶野 猫子
「花、紹介しとく。蝶野。こいつと付き合うことにしたから。だから、もううちに来なくていいからな」
「蝶野 猫子でっす。はあ~、あなたが噂のママさんですか。強先輩のことは私が面倒見ますんで、安心してくださいね♪」
幼馴染みのくされ縁なあいつ……猪ノ口強から呼び出しを受けた放課後、指定された場所に時間通りに来てみれば、誰もいなかった。
それからしばらく待たされて、薄暗くなってきた夕方の時間、ようやくあいつが姿を現したかと思えば、髪を明るく染めて蝶々の髪止めを着けたギャルっぽい知らない女生徒と一緒だった。
で、開口一番に告げられたのは、その後輩らしき少女との交際宣言。
「……はあ、どうぞご自由に」
としか、言えなかった。
私はただの幼馴染みであり、別に強と付き合っているわけでもないので、それ以外の言葉が出てこない。
「わざわざ時間指定して呼び出しておいて、言いたいことはそれだけ? ……ああ、うん。彼女ができておめでとう。じゃ、私、帰るから」
「ちょっと待てよ! お前、それ以外になんか言うことあんだろ!」
「そうですよ~。彼氏を寝取られたのに、言いたいことはそれだけですか~? それとも、悔しくてそれだけしか言えませんでしたか~?」
遅れてきたくせになぜか怒り出す強と、意味不明なことを言い出す後輩らしき女子。
……ああ、リボンタイの色からして、確かに後輩だわ。暗くてよく分からなかった。
挑発的な物言いがひっかかるものの、事実をねじ曲げて認識している人物に、正論が通じた試しはないので、言うことは特にない。
……ああ、そういえば、気になることはひとつあった。
「ところで、どっちからコクったの?」
私の幼馴染みは猪のように猪突猛進なので、一目惚れして猛アタックしたとかなら分かるかも。
「アタシからなんですよ~♪ なんていうか、一目惚れ? しちゃったみたいで~、お話ししてみたら強先輩今は誰とも付き合ってないって言うんで、コクったら受けてくれちゃって~♪ アハッ♪」
あら意外。図体ばかりでかくなって中身は雛鳥みたいなヤツなのに、お話しでなにが良いと思ったのか、聞いてみた……くはないわ。時間の無駄ね。
「花、お前みたいなヤツは、本当愛想尽きたわ。なんで一緒にいたりメシ作ってくれたり部屋片付けてくれたりするのかと思えば、お袋から金もらってたんだってな。俺と一緒にいたのは金目当てかよ。ないわー」
あいつは呆れたように言うけれど、呆れてるのはこっちもなんだよね。
隣に住むあいつの両親は会社の経営で忙しくて、夜遅く帰って来ることもあって、小学校の頃からコンビニ弁当とかカップ麺とかレトルトとかで食事を済ますこともザラだったし、家にいても掃除とか全然しないからゴミがたまる一方だったし、それを見かねたうちの母が夕食を作って私が持っていくことが常態化していた。
そのついでにゴミをまとめるくらいは大した手間でもなかったし、食べ終わったら食器を受け取らないと後で洗わないままで返すし。
それに、中学の頃はあいつの両親の仕事が特に忙しくなってて、あいつの両親わざわざうちに来て頼むって頭を下げられたから、ずっと昼の弁当とか作って渡してたし。
なのに、アレが食べたいとかコレが入ってなかったとか文句ばかり。
それでも、中学の頃は良かったよ。
あいつ、部活に打ち込んでたから。
部活で汗を流すあいつからは、キラキラしたなにかを感じてたから。
そのキラキラしたなにかをもっと見たくて、部活の大会とかあると応援にもいったよ。
がんばれっ! って、声を張り上げて応援したりしたよ。
その声に応えてこっち見たりした時、キラキラが強くなったと感じたりもしたよ。
……でも、なにがあったのか、あいつ二年の途中で部活辞めちゃった。
その時から、あいつずっとイライラしてるようになって。
ずっと不満を感じてるような顔してて。
ほんの些細なことで怒鳴り散らすようになって。
おばさんからお願いされてたから、我慢してそばにいるようにしてたけど。
……でも、いつの間にかキラキラしたなにかを感じることはなくなっていた。
高校に入ってからは、おばさんからお金を渡されるようになって。
何度断っても、無理やり押し付けてきて。
なのにあいつは、一年の頃ケンカ売られて、暴力沙汰で停学したりして。
それを、私がしっかり手綱握ってないからからって周りから言われたりして。
……先に愛想尽きたの、私の方かも。
そういえば、あいつからキラキラしたなにかを感じなくなってからは、私の態度も冷たくなってたかも。
言い訳なんかしないけどさ。しても聞き入れてくれないだろうし。
でも、じゃあ、どうすれば良かったんだろ?
なにが間違っていたんだろ?
どこで間違えたんだろ?
中学二年の秋、部活辞めた辺りで、もっとちゃんと寄り添ってやれば良かったの?
中学三年の夏、あいつの部屋に遊びに行った時に言われた言葉を、黙って受け入れれば良かったの?
高校一年の春、校舎裏であいつに壁ドンされた時、逃げ出さずに受け入れれば良かったの?
……私のためにはなにもしてくれないあいつのために、私だけが我慢していれば良かったの?
いろんな思いが渦巻いて、結局出てきたのは、深いため息ひとつ。
私に落ち度はなかったと思っていたけれど、それが間違いの元だったのかも。
……でも、まあ。
あいつの世話をしてくれるというのなら。
「……蝶野さん、だっけ。そいつの相手するのは大変かもしれないけど、頑張って。応援するから。お幸せに」
私は別に、幼馴染みのあいつの不幸を望んでるわけでもないから。
二人で勝手に幸せになって。
そこに、今さら私を巻き込まないで。
……ああ、こんな風に思ってしまうというのなら、
あいつに愛想尽かしたのは、やっぱり私の方が先なのかもしれないね。
ごめんね、寄り添ってあげなくて。
でも、嫌だったんだ。
告白とかされてもいないのに、ただ欲だけぶつけられるの。
私だけが堪え忍ぶの、嫌だったんだ。
だから、さよなら。
二人で勝手に幸せになって。
そこに、今さら私を巻き込まないで。
見返りを求めて、おばさんの願いに応えたわけじゃないけれど。
だからって、私のためにはなにもしてくれないあいつのために、私だけが我慢する不公平な関係はこれで終わり。
おばさんからもらったお金は一円も使ってないから、後でまとめて返すよ。現金書留で。
もううちに来るなって言われたわけだしね。
「じゃあ、さよなら」
まぬけヅラさらす二人に背を向けて、ざまあみろと思いながら立ち去る。
お幸せにってのも、本当だから。
あとは二人でなんとかしてちょうだいな。
「さよならってなんだよ! 先に浮気してたのはそっちだろうが!!」
ワケわからんことを吠えるあいつを無視して、逃げるように走り去った。
学校の敷地から外へ踏み出せば、街はクリスマス気分。
定番のソングが流れ、色取り取りの光に彩られた街並み。
テンション上がる光景ではあるけれど、そんな気分にはなれない今の私はイルミネーションに背を向けて、一人寂しく街を歩く。
ぐちゃぐちゃした頭でなにも考えられず、けれども、このままじゃ家にも帰りたくない。
どうしたらいいのかと、答えが出ないまま、赤信号だと気づかずに横断歩道に歩き出す。
その、直後に、誰かの叫び声と、腕を強く掴まれ引かれる傷み。
それから、クラクションの音と猛スピードで目の前を通り抜けるトラックと、風圧。
足の力が抜けてしまって、地面に座り込んで何秒か硬直して、ようやく事態を理解したのか、心拍数が上がり全身からブワッと汗が噴き出てきた。
腕を引かれなかったら、走る車に自分から当たりに行っていたのかと思うと、呼吸もおかしくなってしまう。
「花ちゃん、大丈夫?」
そんな時、心配げな聞き覚えのある声で我に返る。
「…………一樹さん?」
「うん、一樹さんだよ」
声のした方を見てみれば、優しそうでいて、心配げな表情の、スーツ姿の大人の人。
鹿角 一樹さん。
親の仕事関係で知り合ったと、あいつから紹介されたのは、半年ほど前の初夏の頃だっけか。
夏の間は、カードゲームをメインに3人でよく遊んだのだけれど、秋になる頃にはあいつのイライラが再燃して、会う機会も減ってしまっていた。
会えた時は、普通におしゃべりしたりスマホゲームでガチャを一緒に引いたり。
会う時間は夜限定だし遅い時間までは一緒にいてくれないけれど、車でドライブしたり夜景を見に山の上の展望台に連れていってもらったり。
会わない時も、メッセージアプリでグチを聞いてもらったり。
優しくて穏やかで、一方的にしゃべっても怒らず聞きに徹してくれたりして、お兄さんみたいな人。好き。
………あいつも、一樹さんほどでなくても、ほんの少しでも私のこと考えてくれてたらなぁ………。
今となっては、それも無理な話。
「花ちゃん、どうかした? なにか、嫌なことでもあった?」
「…………んー…………。フラれた?」
「どうして疑問系?」
「実際のところ、よく分かんなくて。むしろ、私の方が先に浮気してたって言われて。でも、それも違う気がして……あ、一樹さん、今日は歩きなんだ? 暗いからもうこんばんは?」
あいつのことが本当に分からなくてあれこれ言ってたら、一樹さんは、立てる? と手を差しのべてくれて。
手を借りて立ち上がったら、服の汚れを払ってくれて、頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた。
「こんばんは花ちゃん。車検でさ、今日は歩きなんだよ。車はないけど送ってあげるから、帰ろう」
また差しのべてくれた手をつかむと、私の気持ちや歩幅に合わせるようにゆっくりと歩きだす一樹さん。
その隣に並んで、ちょっとイタズラ心。握った手に指を絡ませた恋人繋ぎにしてみる。
一樹さんが驚いた顔で私を見る。イタズラ成功ね。
「ねえ、一樹さん。私、悪い子? 身に覚えのない浮気を詰られるような悪い子?」
「花ちゃんは良い子だよ。悪いのはおれの方だよ。強くんに誤解させちゃったんだね」
一樹さんの顔が、なんだか寂しそうになる。それが嫌で、訴えてみた。……人目があるので、音量低めで。
「そんな、一樹さんはなにも悪いことしてないでしょ。たぶん私が悪かったんだよ。思い当たることなんにもないけど」
思い返してみても、一樹さんが私やあいつになにか悪いことやひどいことをしたような覚えはない。
3人で遊んでいたときも、強く注意されたとか怒られたとかそんなこともないし。
「……そっか……。そっか」
一樹さんはまた驚いた顔になって、そっかとつぶやきながら優しい顔で微笑んだ。
そして、繋いだ手はそのままに、空いた手で私の髪を優しく撫でて…………っ!?
「そうだね。花ちゃんは悪い子だね。これはおしおきだよ? 良いことをしたらごほうびをあげるし、悪いことをしたらおしおきしてあげる」
不意に、前髪を上げられて、でこちゅーされて。
一樹さんの顔が離れてから、なにされたのか分かって。
……すごく、ドキドキして。
「あ、あの、一樹さん? 私、なにしたの?」
ドキドキしたまま、混乱する頭で考えて。それでも分かんなくて、問いただす。
「そっか、分かんないのか。じゃあ、おしおきだね。今度はちょっと強いやつでいくからね」
訳が分からないまま、さらなるおしおきと言われて、両目を閉じて身構える。
……すると、あごを持ち上げられて、今度は唇に……。
「……ふぅ。……ねえ、まだ分からない?」
たっぷり10秒は触れあっていた唇が離れて目を開けると、目の前には一樹さんの顔が。
私は余計に混乱して、ワケ分かんなくてぶんぶんと首を横に振る。
「じゃあ、もう一回ね」
手は繋いだままで、頬に手を添えられて、そっと口をふさがれた。
「ねえ、花ちゃん。まだ分からない? きみがおれにした悪いこと」
「……う、うん、分かんないよ一樹さん。私、一樹さんになにか悪いことしたっけ?」
「分かんないなら、分からせてあげないとね」
唇と両頬にキスされて、ワケが分からないまま、胸がぽかぽかしてなんだか幸せな気分になってくる。
「……あ……、もっと……」
唇が、一樹さんの顔が離れて、なんだかすごく寂しく感じて、つい、キスをせがんでしまう。
「ほんと、悪い子だね。人目があるから、これで最後だよ」
長めのキスをしてくれて、しばし見つめ合って。
手を繋いだまま、ゆっくりと家まで送り届けてくれた。
家の前で、お休みのキスをして抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。
「じゃあ、またね。おやすみ」
「……うん。おやすみなさい……」
ファーストから、何回目か分かんなくなるくらいキスされて、ぽわぽわした頭で一樹さんを見送る。
軽く手を振ると、優しそうに微笑んで手を振り返してくれた。
……その、一樹さんの笑顔に、キラキラしたなにかを、たしかに感じた。
「ただいまー」
「お帰りなさい。……あら、どうしたの? 花? 顔が真っ赤よ? 風邪でもひいた?」
帰るなりちょっとふらふらしてる私に、あれこれと心配してくる母に大丈夫と声かけて、部屋まで逃げ込む。
部屋のドアを閉じて、鍵かけて、そのままベッドに倒れ込んで。
顔が熱い。ドキドキが止まらない。
普通は恋人にするようなことを一樹さんにされて、でも、悪い子だと言われて、ぐちゃぐちゃな頭で、一樹さんにキスされたときのことが何度もリピートしてる。
……イタズラのお仕置きにしては、度が過ぎてるんじゃないのかな?
もしかしたら、本当に、一樹さんは……?
しばらくの間、子どもじみた妄想を膨らませてウエディングドレスを着た私の姿を想像したあたりで正気に戻った。
いやー、ないない。一樹さん前に言ってた。私のこと、妹みたいって。
きっと親愛の情を現しただけだよ。だから、おでこにちゅーして……。
……それだけじゃ説明できないことをされたような気がする。
……あー、もう、分かんない分かんない。
スマホを取り出して、メッセージアプリを立ち上げて、一言文句言ってやった。
「責任とってください」
って。
その後、クリスマスにデートに誘われて、それまで一樹さんに何をしてきたのかめちゃくちゃ分からせられた。
で、高卒と同時に本当に責任とってくれたのでした。
まる。