雨の日
雨か…
ママは憂鬱です。
カイくん、パニックおきやすいのよね…
この間の修羅場は、台風の日だったし…
ママは、ただひたすら、何もない日を願います。
ピチョン
カン
コン
トン
外に置いてあるバケツとか、じょうろとか、ちりとりとかが、雨の雫で音を奏でます。
『ピチョン……カン……コン……トン……………』
お外で遊べないカイくんは、部屋の中から外を見ながら、雨音を再現していきます。
『カイくん、まねっこ上手ね!』
ママがカイくんをほめます。
暫くカイくんが雨音のまねっこをしていると…………
『ピチョン……カン……コン……トン………キーーーーーー!…………………ドスン!』
…?
雨音に、変な音が混じりました。
『じわぁ…まっか…じわぁ…………』
『…………カイくん?』
『じわぁ…まっか…じわぁ…バチバチバチバチ…………』
感情なく、カイくんが実況します。
外を見ると、雨足が強まっていました…………
バチバチバチバチは、雨足が強まった音か………ママは思いました。
そして…庭の向こう…門の向こうに目を向けると………
人が倒れています。
どこからなのか、血が流れているようですが、強い雨に流されています…
『カイ!見ちゃダメ!』
ママはとっさにカイくんの目を塞ぎました。
途端に…
『………ぎゃあああああああああああぁぁぁ…』
突然目を塞がれたのが怖かったのか、カイくんがパニックを起こしてしまいました。
『嗚呼、カイくん…ごめん…ごめんねぇ………』
ママは力無く泣き崩れてしまいました…
暫くすると、パトカーと救急車がやって来ました。
ご近所さんが呼んでくれたようです。
すると
『ピーポーピーポー!ウーーーウーーー!ピーポーピーポー…』
カイくんは、パトカーと救急車を見て興奮したのか、また、まねっこをはじめました。
自分のパニックも少し収まったママが、後ろから優しくカイくんをハグしながら、優しく頭を撫でています。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴ります。
外にいる警察官でしょう。
ピンポーン
もう一度鳴ります。
ママは正直とてもしんどいですが、這うように応答します。
『はい…』
『すみません、多摩川派出所の者ですが、お宅の前で起きた事故、もし見てたら教えて欲しいんですが…』
『すみません、見てません…』
『お宅のお子さんが見ていたという話を、ご近所でお聞きしたもんで…お子さんと話せませんかねぇ…』
『ごめんなさい、息子は…』
そう言うと、ママは黙ってしまいました。
カイくんはまだ5歳、それに自閉症スペクトラムだということを、コミュニケーションが取れないということを、どうしたら分かってもらえるのだろう…
また、あの時のように無理やり話させようとして、パニックの末に失神してしまったら…
ママの脳裏に最悪の状況がよぎります。
『…もしかして…コミュニケーションが難しいお子さんですか?』
突然の警察官の言葉にママは
『え…』
と、言葉を失います。
『僕の息子、ASD(自閉症スペクトラム)で、コミュニケーションが取れないんですよね。もしかして、今窓のところにいる息子さんも、そうなのかなと思って…』
『…どうして…』
『分かりますよ…何となくですけど…だって、息子と毎日一緒にいるんですから…もしそうなら、無理しなくていいですよ!ただ、もし何かの拍子に車の特徴や速さを擬態したら、是非録音してください!そして、交番まで持ってきてください!交番勤務の中で、分かるようにしておきますから!』
ママはその言葉に、泣き崩れてしまいました。
息子の障害…そして、育てる側の辛さ、苦しさ…分かって欲しくても、なかなか分かって貰えない…それどころか、これだけテレビで発達障害の特集が組まれたり、特集記事が出たりしても、「親のしつけが悪いからだ」と未だに陰口を叩かれる…
夫でさえ…優しさの塊の夫でさえ、息子が理解出来ないと苦しみもがいてるのに…
この警察官は…
『ありがとう………本当にありがとうございます……………』
ママは、警察官に何度もお礼を言いました。
『じゃあ、僕は一旦失礼しますね。ポストに僕の名刺を入れておくんで、後でご主人と見てください!』
そう言って、警察官は去っていきました。
暫くして、雨が止みました。
ママはひとりで外に出てみました。
あの雨のおかげで、血溜まりは出来なかったようです。
それとも、警察官たちが掃除してくれたのでしょうか…
道路はいつも通りになっていました。
そうだ、名刺…
ママは、あの警察官がポストに入れてくれた名刺を見ました。
〖巡査長 金井 隆則〗
何となく見覚えのある名前です。
…金井……隆則…………
『………………あ』
ママは思い出しました。
パパとママの幼なじみ、たかちゃん。
小学4年生の時に、お父さんの転勤で遠くに引越して行った、たかちゃん。
その後も、パパはたかちゃんと連絡をとってたっけ…
そういえば前に、たかちゃんは警官になったって、パパが言ってたかも…
『………たかちゃん………』
さっきよりずっとずっと、心が元気になってきました。
ありがとう、たかちゃん…
涙がこぼれそうだったので、ママは空を見上げます。
『あ、虹!』
虹を見つけたママは…
『カイくん、虹!虹がかかってるよー!』
部屋の中でパトカーと救急車のミニカーで遊んでいる可愛い息子を、慌てて呼びに駆け出します。
夜…
パパが帰ってきました。
『明音!大丈夫だったか?』
息を切らしながら、パパが言います。
どうも、あの後たかちゃんがパパに連絡したようです。
『大丈夫よ!カイもそこまで大きな発作は出なかったし。』
『良かった…生きた心地しなかったよ…』
パパは、ヘナヘナとくずおれます。
…パパったら…心配なら、連絡してくれればいいのに…
ママはちょっと呆れました。
その気持ちを知ってか知らずか
『もし修羅場だったら、連絡しちゃいけないと思ったから、凄く連絡したかったけど我慢してたんだよ…だから、たかちゃんから連絡貰った後、心配で心配で…猛スピードで仕事終わらして、慌てて帰ってきたんだよ…』
…全く、この人は…
…どこまでも優しいんだから…
『……ありがとう、泰典さん』
ママはパパをギュッと抱きしめました。
その晩。
ママは、久しぶりにパパと晩酌をしました。
たかちゃんの話をツマミに…