ヒロインに言われて悪役令嬢をやってみましたが全然上手くいきません!
多分、結構、ありがちな話?
とは思いますが
読んで頂けると嬉しいです。
※あらすじに記載されてる出だしの会話文を削除しました。
その方がスッキリするかなと…
事の起こりは高校の入学式。
受験も終わり、希望していた可愛い制服の高校に無事入学出来た事が嬉しくて、かなり早めに学校に着いた私は
門を過ぎてすぐの所にある大きな桜を眺めていた。
「うわあ、キレイ!」
そうだ入学記念に写真撮っておこうとスマホを取り出し、まずは花のアップを間近で撮って、今度は空と桜を撮ろうと後退ったら、何かに躓いてそのまま後ろに倒れ──
気が付いたらまた薄ピンクの花を見上げて立ってたの。
(あれ? 今私、後ろ向きに転んだんじゃあ…)
そう思いながら辺りを見まわして驚いたわ。
だって、入学する筈だった高校の敷地とは全然違う場所だったから。
(えっ、何これ? なに? どういう事? ここどこ?)
びっくりしながらキョロキョロしたけど次にはもっと驚いた。
「随分早いんだな。だがこんな所で何をしているんだ?」
そう声を掛けられて振り向いたら、そこにはすっごいキレイな男の子が立ってたの。
絶対日本人じゃない彫りの深い端正な顔立ち。金色の髪に緑色の瞳。
思わず見惚れて「カッコイイ…」って口から出ちゃったわ。
そしたらその男の子がすごくびっくりした顔をして私はハッとしたわ。
(私ったらいきなり何言ってんのかしら、恥ずかしいっ)
そう思ってアワアワしていたら、男の子に益々驚いた顔されちゃって、緑色のキレイな目が大きく見開かれて凝視されちゃって
私は焦って誤魔化すように言ったわ
「ご、ごめんなさい。ええと、あの…あっ、そうだ、ここって、どこですか?」
「……は?」
その時、横から今度はピンク色の髪のちっちゃくて可愛い女の子が飛び出してきて私の腕を掴んだの。
「あああ、あのっ、お待たせしました!」
(え? え? お待たせって? 何? 人違いなんじゃ?)
そう思ってる間にも女の子は掴んだ腕をグイグイ引っ張って
「ではご案内をお願いしますね!」
そう言うと、このちっちゃい身体のどこにそんな力が? と思う程の強い力でどんどん引っ張られて、あっという間に校舎裏まで連れて行かれたの。
わけがわからず目を白黒させていたら女の子が振り返って私をジッと見つめ、それから恐る恐る言ったわ
「もしかしてあなた…転生者?」
最初は“転生者”って何? って意味がわからなかったし“乙女ゲーム”とか“悪役令嬢”とか意味不明な事を言われる度に首を傾げてたんだけど、“日本”て言われてガバッと反応した私を見てその子は確信したらしい。
「やっぱりそうか…はーもー、なんだってこんな面倒な事に」
ブツブツ言いながらもその子はいろいろ教えてくれた。
私は“乙女ゲーム”の中の“悪役令嬢”ってやつに“転生”したらしい。
手鏡渡されて自分の顔を見てものすごくびっくりしたわ。
だって平凡で平べったい典型的な日本人顔がそこには映る筈なのに、彫りの深い超絶美少女の顔が映ってたんだもの。
しかも髪が銀色! 瞳の色なんて薄紫よ?
思わず確かめるように片手で顔をペタペタ触りながら
「ええっ、何これ? 誰これ?」
ってやってたら、女の子がため息を吐いた。
「だから、その姿が転生した今のあなたの姿なんだってば」
聞けばその子も元は日本人なんだけど、この乙女ゲームの世界の“ヒロイン”に転生したんだって。
ヒロインってことは主役、主人公よね。へぇ、道理ですごく可愛い訳だわ。
その子は転生する前の日本でその乙女ゲームの攻略をしていたとかで、この世界の事をよく知ってるんだって言ってたけど
私はと言えば、ゲームなんて時間つぶしにスマホのアプリで猫を飼ったりブロックを消していくようなのしかやった事なくて、乙女ゲームについては「そういえばクラスの子がそんな話してたなあ」って位で、全然そういう知識が無い。
「本とか漫画で異世界転生モノとか読まなかった?」
って聞かれたんだけど、本も推理小説とかエッセイとかなら読むんだけど、そっちのジャンルは全く。
そんな右も左もわからない私を、可哀想な子を見るような目でその子は見た。
私は思わず頭を掻きながら「えへへ」と笑ったけど
(でもよかったー。未読の推理小説の主人公に転生して、事件を無事解決しなきゃならない。なーんて事になったら迷推理炸裂する事間違いなし! だもの。殺人事件とか巻き込まれたくないし、読むのは好きだけど私は自分で先を推理して「やっぱりね」とか「あーそうきたか」っていうのを楽しむタイプじゃないしねぇ)
なんて事を考えてた。そしたら女の子は肩を落として面倒くさそうにしながらも
「ええっと、じゃあ、とりあえずはもう時間もないし、基本情報だけ教えとくね」
って言われて、名前と役割を教えて貰ったの。
ここはゲームの世界だから、ゲームのシナリオ通りにしないとならない。ふむふむ。
で、ヒロインである彼女の名前はエミリー・マクレガーさん。男爵令嬢ですって。
貴族なの? ってびっくりしたらゲンナリした顔して「そっか、そうよね、そこからか…」って呟かれたわ…
マクレガーさん曰く、この世界は西洋の中世風の世界で、王様が居て貴族が居るらしい。
ヒロインである彼女は元は平民で貴族じゃなかったんだけど、マクレガー男爵の遠縁だったから引き取られて養女になったんだって。
それで私なんだけど、なんとびっくり、侯爵家の令嬢ですって。侯爵家とかよくわかんないけど、すごい貴族! って事よね?
名前はイザベラ・ハミルトンていうらしい。
なんか、そんなのが自分の名前ってちょっと照れるわ。
でもそこまで聞いて「あれ?」って疑問が湧いたの。
転生っていうからには、日本人だった私は死んじゃって、生まれ変わったって事なのよね?
…あの時後ろ向きに倒れたから…それで頭を打って死んじゃったのかなぁ。
そう思うと、せっかく可愛い制服が着たくて受験頑張ったのに、なんてツイてないんだろうって悲しくなったけど
でももう終わった人生の事をクヨクヨしてもしょうがない。そんな事より
「ねぇ、生まれ変わったのなら、普通は赤ちゃんからなんじゃないの? どうして私、いきなりこんなに育ってるの?」
そしたらマクレガーさんは「うーん」て腕組みして
「あなたも赤ちゃんからやってたと思うんだけどね」
って。
彼女は10歳の時に前世の記憶を思い出したけど、それまで生きてきた記憶もちゃんとあるって。
でも私は、さっき突然ここに来たみたいな感じで、それまでの記憶なんて無いわよ?
そしたら彼女は「うーん、前世の記憶取り戻して現世の記憶がぶっ飛んだとか?」とか「それともこの子が突然イザベラの中に入っちゃったとか?」とかブツブツ言ってたけど、だんだんイライラしてきたみたいで
「そんなの私にもわかんないわよ! わかんないけど、とりあえずそれはまた後で考えよう。今は時間が無いんだってば」
私、よく友達からも「マイペース過ぎる」とか「のんびりしてる」って言われるし、お母さんの口癖は「早くしなさい」だったわ。
気をつけなくちゃ。反省。
でもこの子、イライラしながらも質問した事をちゃんと考えてみたりしてくれるし、いい人…っていうかお人よしなのかな? ふふふありがとう。
それでマクレガーさんが言うには、さっきのあのカッコイイ男の子が私の婚約者で名前はクリストファー・ジュリアン・セイクリッド様。なんとこの国の王子様、王太子様なんですって。ひええ
私、王子様なんて生まれて初めて見たわ。あ、違うか、記憶が無いだけで私はずっと見てたの? かな。それともやっぱり初めてなのかな?
そんな事を考えてたらまたマクレガーさんがイライラし始めたから「ゴメン、ゴメン」て先を促したわ。
それで、乙女ゲームのシナリオは、今私達が居る学園にマクレガーさんが編入してくる所からスタートするんですって。
「編入? 入学じゃなくて?」
そう訊いたら、私達はもう三年生で、あと一年で卒業ですって。
そんなのヒドイ。私、今日入学したばかりの一年生なのに! 私の青春が消えちゃったわ! って泣きそうになったんだけど
「知らないわよそんな事私に言われてもさあ!」
って、そりゃそうだ。八つ当たりしてごめん。
それで、今日は学園の始業式の日で、本当はさっきの校門の辺りでマクレガーさんが王太子様とぶつかってハンカチを落としてゆくのが始まりだったらしい。
(そういうのを“イベント”っていうんだって)
で、そのイベントの為にマクレガーさんは校門の陰で待機してたのに、急に私の様子がおかしくなって変な事を言い出したから、もしやと思ってマクレガーさんが機転を利かせて、私をここまで引っ張ってきたって。
そうだったのか…なんだか悪い事しちゃったわね…って思ったら
「大丈夫。そこは抜かりなくハンカチは落としてきたわ!」
って、すごぉい。しっかりしてるのね。私も見習わなきゃ。
で、王子様が拾ったハンカチをマクレガーさんに届けにきてくれて二人は知り合いになり、そこからだんだん仲良くなって、最後は王子様とくっついてハッピーエンドになるんだって。
なるほどぉ。元々平民だった子が王子様の、っていうか王太子様なのよね。ってことは将来は王様か。その王様のお后様になるって、シンデレラストーリーよね。
そりゃ女の子はそんなシチュエーション憧れる子が多いだろうし、だからゲームのシナリオにもなるのか。
感心して頷く私に、マクレガーさんは気の毒そうな目を向けてきた。
それもそのはず、だって私の役どころはヒロインを邪魔する悪役だって言うんだもの。
えええ? 悪役? 推理小説でいったら殺人犯の役ってこと?
主人公の探偵も無理だけど、殺人犯はもっと無理。
「殺人犯は嫌よー!」
って思わず叫んだけど
「落ち着いて。ここは推理小説じゃなくて、乙女ゲームの世界だからっ」
って宥められて「あっ、そっか」ってまた「えへへ」って笑ったら
「あーもーホントに時間無いから一々ボケたりツッコミ入れたり無駄な感想言ったりしないで。黙って聞いて!」
って怒られちゃった。ハイ、すみません…
それで、私がやるべき事は、王子様の意地悪な婚約者として、王子様と恋に落ちるヒロインのマクレガーさんをいじめて邪魔をする事なんだって。
それが王子様とその側近の人達にバレて、卒業パーティーで婚約破棄されるのが私の役目だと。
うーん、確かにおとぎ話のシンデレラにも意地悪なお姉さん達が居るし、白雪姫にも怖ぁい魔女のお母さんが居るものね。
ヒロインが幸せになる為の苦難を与える、そういう役ってことね?
でも私、イジメとかってやった事ないし、それにガラスの靴を履く為に足を切るとか嫌よ?
そう言ってブルブルしたら
「あー、まぁ、大丈夫よ。ガラスの靴は履かないし、いろいろな事は演技でなんとかカバーするから!」
って言ってくれた。よかった優しい子で。さすが主人公ね。
それでとりあえず話は切り上げて急いで教室に向かったんだけど、めちゃめちゃ遅刻して先生に怒られるかと思いきや
「ハミルトンさんは熱心な方ですものね。率先して編入生を案内してくれるなんて嬉しいわ。学校案内に熱が入ってしまっても、ちゃんと始業式には間に合うようにいらっしゃるんですもの、さすがだわ」
って、なんだか逆に褒められちゃった。先生にこんなに信用されてるなんて、私だった子って、すごいのね。
それでドキドキしながら始業式に出て、今日は授業は無しみたいですぐに下校になったの。
そこではたと気付いたんだけど、私、この世界の事もそうだけど、勉強とかも全然わからないわよ? こんなんで学校生活やっていけるの?
あっ、それに、下校っていっても、自分の家を知らないわ。家族構成とかも知らないし、わああ大変大変!
そう思って急いでマクレガーさんの所に行った。
親切なマクレガーさんからあの後いろいろ教えて貰って、なんとか取り繕う事が出来てるわ。
あんまり喋ったら変な事がすぐにバレるから、なるべく黙って大人しくしてて、って言われた。
あ、勉強とか貴族としての所作なんかはね、なんと身体が? 覚えてるのかスラスラ出来ちゃうのよ。
教科書を見ると何故か「あ、知ってる、これわかる」ってなるし、挨拶とかもすんなり出来ちゃうの。
マクレガーさんに言ったら
「うーん、チート転生ってやつかしらね?」
って言われた。「チート」って何? って訊いたら「えーっとそれは」って説明しようとしたけど面倒になったのか「まぁ、転生者の特典だって思っとけばいいわよ」ってぞんざいに言われちゃったわ。
あと、乙女ゲームっていうのはヒロインがたくさんのカッコイイ男の子達、ええと“攻略対象”のキャラクター達とそれぞれ恋をするゲームなんだって。
その攻略対象の男の子の中で一番“好感度”を上げられた人とハッピーエンドになるらしい。
「そんなわけで、私はすごく忙しいの。でもあなたの婚約者のクリストファー殿下が私の“最推し”だから。私はクリストファールートの攻略を目指すわよ!」
って、マクレガーさんはカッコよく宣言してたわ。わあ、頑張って!
「頑張って、じゃないわよ。だからあなたの協力が必要なの。わかってる?」
って呆れたように言われちゃった。
「あ、そっか。わかった。じゃあ私はまず何をすればいいの?」
…それで、私はマクレガーさんに言われた通り、皆の見ている前でマクレガーさんに言いがかりをつけてイジメをしなきゃならなくなった。
台詞を書いた紙は前の日に渡されたんだけど、長くて覚えきれない。しょうがないから紙に小さく書き写してきちゃった。カンニングみたいで気が引けるけど、台詞を言えないよりマシよね?
でも…私に、出来るかなぁ? 不安。
あ、マクレガーさんが落としたハンカチは、無事にクリストファー殿下が届けてくれて、ちゃんと自己紹介してお知り合いになったって。
すごいな、さすが。うー、私も頑張らなきゃ。
「ち、ちょっとあなたっ、えっと…ガサゴソ…そ、そこはわたくしがいつも座っている席ですのよ。…ええと、も、元平民のあなたなんかが勝手に座っていいとでも……お、思っているの?!」
学園のカフェテリアで、つっかえながらだけどとりあえず最後まで言えたわ! ふんす! とドヤ顔をした私を、マクレガーさんは一瞬ものすごく残念なものを見るような顔で見たけど
仕方ないじゃない。演技なんてした事無いんだから。幼稚園の劇で“そよ風さん”の役を割り振られた時に、レースのカーテンを頭から被って舞台の端から端まで走り抜けた、っていう経験しかないのよ?
しかもその時だって本番で最後に転んで、舞台の袖で泣いちゃって…
お父さんが撮ってくれてた動画には舞台から消えた私の泣き声が入ってたわ。
画面が小刻みに揺れてたのって、アレ絶対お父さん撮りながら笑いを堪えてたよね。
でもマクレガーさんはさすが「演技は任せて!」って言ってただけの事はある。
一瞬で表情を作って口元に拳を当てて震えながら言ったの
「も、申し訳ございません! 私、知らなくて…っ」
台詞が短くていいなぁ。とは思ったけど、その演技はお見事で。
声までいつもと違ってすごく可愛らしくて、元々見た目もちっちゃくてピンクのフワフワした髪にちょっとタレ目気味の大きな空色の瞳で
そんな可愛い子が声を震わせてウルウルしてるんだもの。キュンとしちゃう。
思わず「いいのよ、ごめんなさい!」って言いそうになったんだけど、そのマクレガーさんに『早く、次!』って小声で言われてハッとしたわ。それで慌ててカンニングペーパーを見て次の台詞を言ったの。
「こ、これだから平民は。さっさとおどきなさいっ」
よし、台詞も短いし、カンペキ!
私としては、思ってたより上手くやれてたと思うんだけど、後からマクレガーさんに
「大根!」て怒られちゃった。
ごめんなさい…
次は廊下で私がマクレガーさんの足を引っ掛けて転ばせる、って事なんだけど、上手く出来るか自信がなかったから放課後にマクレガーさんと練習したの。
曲がり角で待ち伏せして、タイミングよく足を出して、走ってきたマクレガーさんが私の足に躓いて転ぶ、ってのをやりたかったんだけど…タイミングって、難しいわね…
足を出した時にはマクレガーさんがもう通り過ぎてたり、じゃあって早めに足を出してたら
「こんな見えてる足に躓く私の方が只のマヌケになっちゃうじゃない!」
ってダメ出しされちゃった。でも何度練習しても上手くいかなくて、結局
「…もういいわ。私が躓いて転ぶ演技をするから、あなたはそれに合わせて」
って。よかった。そうしてくれると助かるわ。
廊下でマクレガーさんが上手に転んでくれたし、その後の台詞も(カンペを見ながらだけど)上手く言えたし、とりあえずは上手くやれてると思う。
でも困るのが王子様とのお茶会ってやつで。
私はクリストファー殿下の婚約者だから、定期的にお城に行って王妃様になる為のお勉強をしなくちゃならない。
お勉強自体はチート能力? ってやつで、なんてことないし、お勉強を教えてくれる王妃様もとっても綺麗で優しいんだけど
そのお勉強の後に、時々王子様からお茶に誘われるの。
それがもー、すっごい緊張する。だってバレないようにしなきゃならないし、王子様…クリストファー殿下って最初に見た時も思ったけど、むちゃくちゃカッコイイのよ!
声も優しくて、笑った顔なんてキラキラして眩しいっ!
マクレガーさんが「最推し」って言うのもわかるわ。私もドキドキしちゃうもの。
マクレガーさんから「出来るだけ喋らないように!」って言われてるから「はい」とか「いいえ」とか「ありがとうございます」とか、本当に最低限の事しか言ってないんだけど
いつバレるかヒヤヒヤしながらお愛想笑いで通す時間はとっても疲れちゃう。
でもね、お城に行くお楽しみがひとつあって。
帰りの馬車に乗るまでの途中に中庭に面した回廊を通るんだけど、そこにいっつも可愛い猫ちゃんがいるの!
真っ白でフワフワで、撫でるとお餅みたいにびよーん、て伸びて。緊張して疲れた私の癒やしなの。あー可愛い。
そんな感じで学園でもお城でも、だんだん慣れてきて、貴族のお嬢様っぽい喋り方も少しずつ出来るようになってきた私なんだけど
マクレガーさんにはよく怒られてるの。
「もっと悪役令嬢らしくして!」
って言われるけど、私なりに精一杯やってるんだけどなぁ。
それにマクレガーさんが私に指示する事って、結構無茶振りが多くて。
だってね、お茶会の時にマクレガーさんに紅茶をかけろって言われたんだけど、そんな事したらドレスにシミが出来ちゃうじゃない? 下手したら火傷だってするかも知れないし。
お母さんが「お洋服のシミを取るのは大変なのよ」って言ってたもの。そんな事出来ないわよ。
だから、どうしてもマクレガーさんに何かかけなきゃならないなら「お水でいい?」って言ったら渋々承知してくれた。
それから、マクレガーさんの教科書をビリビリにしなさいって言われたのも…無理よ。
だって教科書だよ? 私、小学校の時からの教科書だってずっと大事に取っておいてるんだもの。いくら持ち主のマクレガーさんがいいって言ったって、そんなの無理。
じゃあノートで、って事になったんだけど…いざやってみようとしたら、それも無理だった。
だってやってみればわかると思うけど、厚さ5ミリ位もある紙束ってなかなか丈夫で。手で引き裂くなんてとても無理だわ。
マクレガーさんがため息をついて「もういい、私がやっとくわ」って言ってくれた。
ごめんね、あんまり役に立たなくて…
学園のお庭にある噴水にマクレガーさんを突き飛ばしてびしょ濡れにする、っていう指示も…
いざ噴水の前まで来たら怖くなっちゃって。
だって前世の私って、多分、後ろ向きに転んで頭打って死んじゃったんだよ?
突き飛ばしてマクレガーさんが噴水の中に転んだ時に、打ち所が悪くて…なんて事になったらどうしよう! ってブルブルしちゃって。
マクレガーさんが仕方ないって感じで『とりあえず私の肩の辺りをトン!てして。後は私が演技力でカバーするわ』って小声で言ってくれたから、こわごわと「えいっ」て肩をトンしたの。
彼女はそれは見事な演技で「きゃあぁぁっ」って悲鳴を上げながら噴水に飛び込んだわ。
すぐに助け出したかったけど「私が噴水に落ちた後、あなたは絶対に私の所に来ちゃダメよ!」って釘を刺されてたから、すっごく我慢した。
近くに居た人がすぐに彼女を助け出してくれてホッとしたわ。
そんな私とは違ってマクレガーさんは頑張ってるみたいで。
学園の中庭とか、校庭のベンチでカッコイイ男の子達と一緒に居るところをよく見掛けるの。
マクレガーさんが言ってたんだけど、その子達はクリストファー殿下の側近になる人達で、宰相の息子さんとか騎士団長の息子さんとか、あと教皇の息子さんや、なんと私の義理のお兄さんも居るんですって。
家族構成はマクレガーさんから聞いて、同い年の義理の兄が居るっていうのは知ってたけど、今まで家で会うことが無かったから顔がイマイチよくわかってない。どの人なんだろう?
義理のお兄さんだけじゃなく両親ともほとんど会わない。
マクレガーさんは「貴族のお家なんてそんなものよ」って言ってたけど、なんだか寂しいのね…
そうそう、マクレガーさんの最推しであるクリストファー殿下とも中庭のベンチで並んで座ってるのを見掛けたわ。
(いいなぁ、マクレガーさんはヒロインだから、あんな素敵な人と恋が出来るのかぁ…)
羨ましい…って思いながら校舎の窓から見つめちゃった。
なんだか胸がズキズキするけど…でも人の彼氏を羨むなんて良くないわよね。
マクレガーさんは最初からクリストファー殿下狙いって言ってるんだし、それに協力するのが私の役割なんだから…頑張らないと…。
あっという間に日が過ぎていって、物語が終わる卒業パーティーまで残り一ヶ月程、というある日のマクレガーさんからの指示は、今まで以上の無茶振りで。
階段からマクレガーさんを突き落とすなんて、出来るわけないじゃない!
絶対死んじゃう、絶対嫌! って泣きながら説得して、やっぱり今回もマクレガーさんの演技力でカバーしてもらう事にした。
階段下でマクレガーさんが蹲って私がその上の踊り場に立ったら、辺りに人が居ないのを確認してマクレガーさんがいつものように女優のような演技で「きゃあぁぁぁぁ!」って叫んだの。
すかさず私が両手で持ってた箱を踊り場からマクレガーさんに当たらないように落として、ゴロゴロドスンて音がしたら急いで寝転がってるマクレガーさんが壁の隅に箱を押しやって。
そうしたらその声と音を聞きつけた人達が何事かと集まってきたから、そこで私は叫んだわ
「ま、まあ、無様ですこと。い…いい気味、ですわ!」
マクレガーさんが言うには、悪役令嬢である私が学園でやるのはこれで全部。
残るは最後の大舞台の卒業パーティーのみだ。
最後まで私の演技力が上達する事はなかったけど、やれるだけ頑張ったわよね。
あとはマクレガーさんが上手くやるから、私は卒業パーティーでクリストファー殿下から婚約破棄の宣言をされるのを待つだけだ。
マクレガーさんから渡された卒業パーティーでの私の台詞を書いたカンペを握りしめて会場まで行ったわ。
卒業式の後にクリストファー殿下が私を呼び止めたけど、これもマクレガーさんから聞いてたから用件はわかってる。
でもクリストファー殿下から言われたくなかったから、言われる前に自分で言ったの
「だ、大丈夫ですわ! 私にエスコートは必要ありません! 一人で行けますわ!」
この卒業パーティーが終わったら物語は終了。
私は婚約破棄されて、クリストファー殿下にお会いする事も、もう無い…
お城の猫ちゃんにも、この間最後のご挨拶をしてきた。すっかり懐いてくれて「にゃあ」って鳴いてザリザリと指を舐めてくれた。バイバイ猫ちゃん、元気でね。
度々あったお茶会でのクリストファー殿下とはあんまり喋れなかったけど、殿下はいつも素敵で優しくて、私がレモンのクッキーが好きだってどうしてかわかったみたいで、いつも用意しておいてくれて…
あーあ。
どうせなら私もヒロインがよかったな。
ヒロインになってクリストファー殿下と恋してみたかった。
でもダメね。私はマクレガーさんみたいに演技力無いし、せっかく美少女に転生しても、それを上手く使いこなせてないもの。いつもマクレガーさんに頼ってばっかりで…
ハッ、ダメダメ。これが最後のクライマックスなんだから、最後くらいちゃんとしなきゃ!
拳を握りしめて気合いを入れたら緊張してきちゃった。
大丈夫かな。ちゃんと出来るかな。台詞噛んだりしないようにしなきゃ。
うわあ、どうしよう。ドキドキして震えてきちゃった。
「侯爵令嬢イザベラ・ハミルトン!」
緊張マックスになった一番嫌なタイミングでクリストファー殿下に名前を呼ばれて、頭が真っ白になった
ええと、ええと、台詞、台詞言わなきゃ…
「で、で、殿下からの婚約破棄、承りましたわ!!」
………あれ?
シーン…となった会場に、ハッと我にかえった。
私ったら、テンパって台詞全部すっ飛ばしちゃった!!
サーッと青くなってマクレガーさんの方を見たら
『サイアク…』って顔してて。
クリストファー殿下も、その周りにいるカッコイイ男の子達も、会場中の人達も、みんながポカンとしてる
うわあああ、ごめんなさいごめんなさい
でもでも、とりあえず一番大事な「婚約破棄」は言えたから…も、もう、いいよねっ?
私はその場から一刻も早く逃げ出したくて、回れ右して出口に急いだ。
もう恥ずかしくて情けなくて。
せっかくこの一年頑張ってきたのに、最後の最後でこんな大失敗するなんて…
でも失敗はそれで終わらなかった。
涙目になってたからなのか、もうすぐ出口ってところで、あろうことかドレスを踏んづけて、ドタン! て前のめりに転んじゃった。
………は、恥ずかしい……………
シーンとした会場中の視線が背中に刺さる。
痛いし恥ずかしいし自分が情けないし悔しいし
いろんな感情が一気に込み上げてきた。
私、幼稚園の劇も最後に転んじゃったし、そういえば前世の最後も転んじゃったみたいだし、今回もこうやって最後に転んで…
もう、もう…
「もうイヤーーー! うわあぁぁぁん!」
結局、幼稚園の時と同じく泣いちゃったわ。大号泣。
えっえっえっ…て蹲って泣いてたら、背中がフワって温かくなって
いい匂いがする、って思ったら突然の浮遊感。
クリストファー殿下に抱き上げられて、優しい笑顔が目の前にあって
あんまりびっくりして涙が引っ込んだ。
私がポカンとしてたらクリストファー殿下は困ったように眉尻を下げて
「全く君は、何をやってるんだか」
ヤレヤレって感じで笑った。
…あれ?
私、殿下のその笑顔になんだか見覚えがあるような…でも、そう、それはもっと幼い……子供の頃の………
✼••┈┈┈┈┈┈┈••✼
私はあれから殿下に抱えられて別室に移って、殿下に「とりあえず落ち着こうか」って言われてソファでお茶を飲んでたら
そこにマクレガーさんと殿下の側近の人達もやってきて…
パーティー会場では私達が出ていった後、殿下の側近の人達がどうにかこうにか誤魔化してくれたみたいで(かなり苦しかったと思うけど…)
一同揃ったところで
「さて、じゃあ、この一年間のサル芝居にはどういう事情があるのか、話を聞こうか」
殿下の一言で私とマクレガーさんは顔を見合わせてアワアワした。
上手くやれてたつもりだったのに、全部お芝居ってバレてた…?
私もマクレガーさんも青くなった。
殿下はあの始業式の日から「おかしい」って気付いてたんだって。
様子のおかしい私がマクレガーさんに引っ張っていかれた校舎裏でのやり取りも、すぐに殿下の影に命じて見張らせてたって。
会話はよく聞き取れなかったみたいだけど、私が叫んだ「殺人犯」て言葉に警戒して、それからずっと私とマクレガーさんは見張られていたらしい…
放課後に転ぶ練習してたのとか、いろんな相談してたのも、全部見られていたなんて…恥ずかしすぎる…
殿下は影の人の報告でも話がよくわからなかったから、私達が何をしようとしてるのか探ろうと思って、殿下も側近の人達もマクレガーさんに近付いて仲良くしてたんだって。
「マクレガー男爵令嬢から“相談がある”と言われて…話を聞いてみたら君からイジメを受けていると…」
それで“証拠品”としていろいろ提出されたけれど、二人で放課後コソコソ何かやってるのは知ってたし、学園で度々繰り広げられる変なお芝居も、意味はわからないけど学園の皆さんから「お、なんかわからんけど、また始まったぞ」って風物みたいに思われてたとかで…
「何の意味があるんだろう? 何がしたいんだろう? ってずっと考えてた。君は…何も僕に話してくれないし…」
寂しそうに殿下に言われて思い出した。
そういえばお城のお茶会の時に、殿下から「何か話したい事があるのら、いつでも聞くよ」って何度も言われてたわ…
私は自分の役目を全うしようって、そればかり考えて、殿下の気持ちとか全然考えてなかった…
「結局、卒業まで何も分からず終いだったから…今日の卒業パーティーの後で君とマクレガー男爵令嬢の二人をここに呼び出して話を聞こうと思っていたんだ」
そうだったのか…
「それなのに、さっき君の口から……婚約の破棄なんて言葉を聞かされて…」
クリストファー殿下がグッ…と拳を握りしめた。
会場で私の名前を呼んだのは、卒業生代表で私と二人でファーストダンスを踊る為だったんだって。
それなのに私…すっかり勘違いして…
「僕がどんな気持ちになったかわかるか? 君達の計画は…君はずっと、僕と婚約破棄をしたかったのか?」
殿下がとても悲しそうな顔をして強い瞳で私を見た
「っ! ち、ちが…」
違います! そう叫びそうになって私はハッとして、マクレガーさんを見た。
涙目の私に、マクレガーさんはいつもみたいに『しょうがないわねぇ』って苦笑して、こっくり頷いてくれた。
ありがとう。ごめんなさい。
「殿下、ごめんなさい。違うんです」
私は泣きながら全部話した。もう洗いざらい。
所々でマクレガーさんが補足説明してくれて、話し終わる頃には殿下を始め、皆さんが「う、うーん…」て頭を抱えてたけど、でも
「それで? 君は僕と婚約破棄、したいの?」
そんなわけない。泣きながら首をブンブン横に振った。そうしたら殿下が「…よかった」って呟いて
フワッ…
気が付いたらまたいい匂いと温かいぬくもりに包まれていた。
✼••┈┈┈┈┈┈┈••✼
あれから。
不思議な事に、私の侯爵令嬢としての記憶が日に日に戻ってきた。
殿下と幼い頃に顔合わせをして婚約者になって、同じ学園に入学した…それまでの事。
転生前の記憶もそのままあるけど、なんだかどんどんその記憶は遠いものになってゆく。
卒業パーティーの時に見覚えがあると思っていた殿下の困ったような笑顔も…思い出した記憶の中にあって…
思い出せて、よかったと思う。これまでの自分の記憶も、前世の記憶も。
「イザベラ!」
お天気の良い侯爵家の庭で、今日はお茶会。
「エミリー、いらっしゃい!」
事情が全てわかった後、なんと私の義理の兄がエミリーにプロポーズした。
どの人が私の義理の兄なんだろうと思ってたら、私と同じ、銀髪の背の高いイケメンだった。
殿下の命でエミリーに近付いたけど、話してて絶対に悪い子じゃない、何か事情があるに違いないって心配してたんだって。
義兄は学園入学と同時に、跡継ぎとして親戚の家から我が家の養子になったんだけど、婚約者はまだ居なかったの。
エミリーの方も『実はあなたのお義兄さんは推しのNo.2だったの』って、頬を染めながら恥ずかしそうにコッソリ教えてくれた。
それで、私と義兄の二人でお父様にお願いをして、エミリーはお義兄様と結婚する為にウチの親戚の伯爵家の養女になった。
これからも義理の姉妹として仲良く出来るのよ。
あの日、何がなんだかさっぱりわからない私が心細い思いをしなかったのはエミリーが居てくれたから。
悪役令嬢には全然なれなかったけど、こうしてエミリーと一緒に幸せになれてよかったって、心から思うわ。
乙女ゲームは実際やった事がないので、実はよくわかってません…ごめんなさい
エミリーサイドのお話も書きました。
『乙女ゲームのヒロインに転生しましたが、何故か悪役令嬢の面倒を見る事になってしまいました』
よかったら上部のシリーズリンクからどうぞ。