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「こ、これは一体どういう……」


 一週間前の客が店に入って早々に口に出した。

 そう思うのも無理はない、先週と比較して光景が異様なのである。


 受付に座りフレーネを横にする。彼女は横から俺の腕に抱きつき口角を緩め、頰を赤らめている。まあ客観的に見たらベタ惚れというやつだ。


 体を寄せる彼女に腕を回すと「えへへー」と声を出す。かなり懐かれたな。


「恋人をつくるのに考えられるうちで最も合理的な方法を用いました」

「その方法っていうのは……?」


 その質問に答えるべく机の上に一つの小さな瓶を取り出し見せつける。それを見ても疑問を顔に出すだけ、まあ見ただけでわかる者がいるとは思えないが。


「こちらの特殊な方法で生成した薬、食事や飲み物に盛るだけです。使用し過ぎれば危険ですが用法用量を守ればこのように、摂取すれば誰でもハッピーでラブリーな気分になって恋愛を求めるようになるのです」

「さっすが私のイニウス〜」


 高らかな口調でフレーネが続く。弱い幻覚作用で俺が神か何かに見えているんだろう。


 この発情させる物質――おそらくメチレンジオキシ系の何かしらだろう、無論未知の物質の可能性は十分にあるが。もしMD系のものなら脳のある複数のスイッチをONにしまくり、ドーパミンやセロトニンを放出しまくっているのだろう、その結果脳がイカれた状態になる。


 これを見つけたのは数年前、この世界の生態について本で調べていた時だ。

 どうやら遠くで多くの動物が狂ったように赤白い実を貪る山があるらしく金を使って、冒険者ギルド(なぜか存在するファンタジー世界の組織)でそいつを数十株持って来させた。


 それでネズミを使って実験すると所謂麻薬のような効果があった。それを食うと中毒となり狂い出す。中毒にして、種子を糞によって散布させる。なんとも生存競争で強力な武器を手に入れたものか。

 確かに前世の世界で麻などの麻薬を持つ植物はあった。それにメスカリンを含有したサボテンがあったな、あれは身体依存はなかったが精神依存はあった。


 ともかく用法用量を間違えずに使えばこのように――


「このように側にいる異性に、いわゆるゾッコンというやつです。どうでしょう、価格は……元の値段と技術料を合わせて――」

「あの……結構です……」


 ……確かに未知のものを恐れるのは普通か。あるいは高額な値段を恐れたか?


「お安くしますよ、それに用法用量を詳細に決めればここまでとは言わず脳が誤解しやすくなる程度に――」

「本当に買わないので」


 その客はきっぱりと言った。


 ……なぜだ? 最も合理的と言えると思うのだがな、前世の日本の法律と違っての物質の使用が禁止されているわけでもない。……それとも彼は副作用についてよく知るこの世界の化学を修めた――それはないか。


 ……これは理由を聞く必要があるな。


「理由を教えていただけますでしょうか? 今後より良い商品をお客様方に提供するために」

「……そういう方法で惚れさせてもずっと隠していけるとは思えないし、それがバレたら絶対に嫌われると思うから」


 なぜ隠していけない?

 誰にも言わず今後も言わないだけでいいだろう。


「なぜ隠していけないと思うのですか? 誰にも言わず墓まで持っていくつもりで誰にも言わなければ知られることもないでしょう。勿論我々はお客様の秘密を守ります」


「そういうのじゃなくて……多分倫理的に悪いことしたって罪悪感でずっと誰にも言わないでいるのは無理だと思うんです」


 倫理、それは科学の発展を妨げてきた忌まわしき文化だ。こいつに俺は何度も縛り付けられた。社会を成り立たせるためにアホどもを縛り付ける法律は必要だが、必要なのはそこまでだ。無論人食など生物的本能として脳が嫌う場合があるが、今回は違う。


 だが倫理観だの言い出し始めると俺とは話が合わないことが多い。


「わかりました」


 俺がそう言うと彼は店を出て行った。



………………



 あれから数時間後、フレーネは頭痛がすると言って部屋で休ませた。副作用が出始めたのだろう、その後機嫌が悪くなるから腫れ物を触るように扱わなければいけないだろう、元々あの性格だ。


 その後は特に何もなく、いつも通り店を閉めた。食う物はある上、やるべきことも特にない。研究に時間を回せる。


 そう考え前回までの記憶を巡らせて自室で道具を広げる。昨日手に入れた小さな鉄の棒とかなり長い銅線を手に持つ、その銅線を鉄の棒に巻きつける。かなり面倒な作業だが仕方ない、魔法で電気を操れることがわかったのだからコイルを使って磁力を操れることが可能なはずだ。だが前回作ったのはせいぜい数mA程度、せめて5Aはないと磁石として昨日しない可能性が高い。


 手を動かしているとノックの音がした。するとフレーネの声がした。


「イニウス、いるんでしょ?」

「ああ、いるぞ」


 そう答えるとドアが強く開けられる。視線を向けると――



 飛び込んできて首に腕を回される。








 すると後ろから思いっきり首を絞められる。


「よくもやってくれたわねこの変人が!!!!」


「変人ではない……や、やめろ……ぐるじ――」

「やめないわよ、あんなことしおいて――絶対に許さないわよ! あんなずるい方法で女の気持ちを操ろうなんて――」


「別にお前が目的ではない……客に目に明確な効果を見せるために――」


「はあ!? そんな理由で私にあんなことさせたの? 今考えると気持ち悪いけど私に好きだって言ったのは――」

「その薬は情動的になり共感しやすくなるから、そう伝えると共感でだな――」


 そう言うと彼女は怒りの声を上げて力を強くする。クソ、副作用か。ドーパミンの過剰分泌が減って脳がストレスがあると勘違いを――


「わ、悪かった。すまな、い……勝手に薬を盛ったのは悪かった……フ、フレーネ……このままだと死ぬから――」


 締め付けられている喉からなんとか声を出す。


「死のうが知ったこっちゃないわよ、あんな風になる薬を盛っておいて……!」

「……俺が死ぬと……お前の家族に金を送れなくなるぞ?」


 そう口にすると手を緩めて、離した。ようやくまともに呼吸ができる……彼女は少し距離を置いて腕を組み座り込む俺を見下ろす。


「……本当にあんた最低ね、性根が腐ってる」


「気がすむまで言えばいい」


 そう答えると彼女は顔を赤くして下唇を噛んだ。

 それに構わず彼女に背を向け作業を続け始めた。


「あんたって……どうして罪悪感もなくあんなことできるのよ……」


「罪悪感……それの定義からだな。俺は生物的に忌み嫌うこと、殺人や人食などだな。それらを行う時に脳が後ろめたく思考することだと考える。俺は何もそのようなことをしていない、利益のために行動しただけだ」

「あんたは本当に狂ってるわ……それに利益利益って、なんでそんなにそれにこだわるのよ……」


 彼女に椅子を向き変え手に持っていた物をを横に置き答える。


「当たり前であろう? なぜ人は生まれてきたのか、そんな陳腐な問いがあるが俺はこう考える。幸福のためだ。それ以外にない、そして俺にとって利益こそが幸福だ。金さえあればなんでもできる。金で買えないものがあるとほざく者がいるが、それを得るためのものは金で買える。最終的にに買えないものは世の中に存在しない物くらいだ」


「極論過ぎるでしょ、それに自分の幸福の為じゃなく他人のために生きてる人だって――」

「それが幸福なのだ。奉仕することによっての奉仕欲や承認欲求などを満たす」

「そんなつもりで動いてるわけじゃないでしょ……!」


「では何故だ? 例えば我が子が幸福になるのは生物として当たり前だ、本能なのだから、遺伝子を受け継いだ個体が幸福になるため動くのは自然だ。あるいはなんだ? この俺みたいにカネ目的か?」


 微笑しながら話す。


「そういうのじゃ、ないもん……」


 腕を垂らし弱々しく答えた。それに対して机に向かい直し作業をしながら答えた。


「理論的に否定できないんだったら話にならないな。作業の邪魔だ、部屋に戻れ。それに副作用で機嫌が悪くなっているのだ、寝れば治るだろう」

「あ゛? 副作用?」


 まずい、言わない方が良かった。ゆっくりと振り向こうとすると鬼の形相のフレーネが手をこちらに向けていた。


「やめろ、髪を引っ張るな――」

「やめないわよ! 副作用ってなんなのよ!」


 彼女は声を荒げて髪を両手で引っ張り続ける。


「言った通りだ、機嫌が悪くなる」

「他には?」

「な、ないぞ」


「嘘でしょ」


 

「なぜバレた……」


「まんまとカマかけられたわね」


 やってしまった…………


「さあ話しなさい」

「幻覚作用が、もう切れてるはずだが」

「他には?」

「ない」


 そう言うと彼女は同じように「嘘でしょ」と言う、流石に同じ手は踏まない。「ないと言っている」と言葉を返す。


「……あの薬ってどうしてああいう効果があるの?」


 彼女はそう言って手に力を緩めた。ふむ、興味があるのか。


「正確なことはわかっていないが、研究からドーパミンやセロトニンなど……つまり脳の快楽物質を分泌させる物質で、それが情動作用や共感しやすくして発情させたり幻覚を見せたり、食欲減衰や神経へのダメージ、依存性などを引き起こすことが実験でわかってだな。それまでに四十匹ほどのネズミが――」


「食欲減衰に、しんけいのダメージ……はわからないけど、依存ですって……!!」


 またしでかしてしまった。くっそ、策士め……


「痛いって、髪引っ張るのやめろ。あ、ちょっと、今ブチって音がしたぞ、今何十本か抜けた感覚があったぞ。おい、無言じゃわからないぞ。悪かったって、安心しろ副作用が最小限になるように量を調節してある。聞いてるか、やめろおおおおおおお」


ご閲覧ありがとうございました。

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星一評価、辛辣、一言感想でも構いません、ちょっとした事でも支えになります。世界観や登場人物の質問もネタバレにならない程度に回答します。(ガバあったらすいません)

科学質問も出来る限り回答します(ネット知識なので大したことはできないしガバガバですが)

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