一色目 シロクロの世界
見ていると癒やされる。綺麗になる。浄化される。洗練される。心に色を教えてくれる花が私は大好きだ。
教室の窓から外を見てみると銀世界が広がっている。昨日の夜からずっと降り積もっているからだ。
私の楽しみは冷たい氷の下へと埋没していた。
窓から見える景色は昨日とはかけ離れていた。見えるのは空から降ってくるシロや四角いクロやその間の色だけだ。
「待ってー」「捕まえるぞー」………窓越しからはクラスメイトが校庭ではしゃぎ、走りまわっている。
こんな景色…好きじゃない。雪なんて 心の中はモノクロだった。
「矢口さん。折角、雪が降っているし、皆と外に行かなくても大丈夫なの?」
「ここでこうして窓から見ているだけで十分です」
「そうなの…。それなら大丈夫だけど…困ったことがあったら言ってね」
「あ、はい……」
先生は自分の席へと帰っていった。
ふと教室を見渡してみると、私と先生の二人だけになっていた。
暖房が稼働している音と先生の丸付けの音だけが小さく聞こえていた。
「色が見たかったな…」
深深と降る雪を眺めながら私は小さくこう呟いた。
キーン、コーン、カーン、コーン
「先生、さようならー!」「さようなら〜!」「また、明日ねー」「今日の放課後、遊ぼうぜ」「また、あの公園でなー」
やっと、憂鬱な学校が終わった。周りの皆は楽しそうだっていうのに
赤いランドセルと黄色の帽子を被り、私は帰路へ向かう準備をした。
教室を出ようとしたとき、後から話しかけられた。
「ねぇねぇ、ももちゃん!今日、お母さんがねー家でクッキー焼いてくれたからももちゃんも家に遊びにおいでよ!」
「わ、私は今日は用事があるから今日はごめんね…」
「そうなんだ…じゃあねーももちゃん。また、明日〜」と彼女は手を振る。
「バイバイ…」私はぎこちなく手を振った。
校舎を出ると一面、銀世界。足を一歩、踏み出してみるとギシギシと雪を自分の重みで固められるのを実感した。
花柄の水色の長靴は白い雪を踏み固めていく。
やっぱりこうでなくっちゃ!こうして溶けてなくなってしまえ!
ギシギシ、ギシギシ
少し足を早く回転して帰路を進んでいく。
昨日まで枯れ葉をつけていた街路樹には白い葉や枝が沢山付いていた。
また、昨日まで雲ひとつない青々とした空は私の心のように鈍色に染まってしまった。
何処を見ても私の目に映るものはモノクロの世界だった。
私は帰路の途中にある商店街へ向かった。
迷うことなく、色とりどりの花があるあの場所へ向かった。
「あら、いらっしゃい。ももちゃん」
「あ、こんにちはー」
「今日もねー。新しいお花を入荷したから見ていってねー」
様々な色の切り花が並んでいる。フラワーショーケース越しから目を輝かせて神々しい花たちを見る。
あっ、バラだ!
赤、ピンク、黄、オレンジ、紫、白、茶…まるで虹色のように無限にある色。
花、一輪、いちりんが少しながらも違う色を持っている。
隣のフラワーショーケースにはオレンジや黄色をしたガーベラがいた。
花の形が大きいものや花びらがカールしているものがあった。
細かく見てみると時間がどれだけあっても足りない。時間が惜しい…。もっと見ていたいなぁ。
鉢植えのものやフラワーアレンジメントも沢山!ここは宝箱なのか!?私の心は色を沢山貰い色づき、叫び出しそうになっていた。
商店街の放送が流れてきた。五時の時報だ。商店街の電灯には灯りがついていた。
雪を、アーケードを、電灯は優しく黄金色に優しく照らしていた。
「私、そろそろ帰りますね」
「気をつけて帰ってねー。また、来てねー」
「はーい!」
スキップしながら家路へ向かう。踏切を超え、橋を渡り、田んぼ道を駆け足で
深々と降り積もる雪の中をかき分けて進んでいく。ランドセルは真っ白に染まっていた。
日が暮れるにつれて雪の量、風の強さは増していった。髪の毛はお婆さんみたいになってきた。
頬にあたる雪がとてもひゃっこい。色づいていた私の心は再びモノクロの世界へと引き戻されそうになった。
あたりはもう暗く、電柱の光を頼りに歩いていった。
家の近く、住宅街の曲がり角を曲がったとき、すると
ドデン
真っ白の雪の中に飛び込んでしまった。とても冷たい感触がした。雪に引きずりこまれたのだ。
痛ったい 雪解け水が服に染み込んでくる。再び、モノクロの世界が心の中へと流れ込んでくる。
だから雪なんて大嫌い…そう、叫び出したくなった。
「ちょっと、そこの君、大丈夫?」
「え?」
聞き覚えのない声。初めて聞く声。男の人の声?
私は驚き、戸惑った。辺りを見渡しても誰も居ない。あるのは一面のシロと四角いクロだけ。
「この声は?誰…」
「大変申し訳ないのだけど…ちょっと、助けてもらってもいいかな?」
「え…どこ?」
「公園の中に来てくるかな?」
私が転けた曲がり角の前には小さな児童公園があった。小さい頃よく、母に連れられて遊んでいた公園だ。
何処から聞こえてくるか分からない声を頼りに公園の中へ入っていった。
「鉄棒の下に来てくれないかな?」
「鉄棒の下?」
「そう、右から二つ目の左の棒のしたを掘ってくれないか?」
「わかった」
なんでわたしは知らない声に動かされているのだろう…?
公園の街灯に照らされながら素手で冷たい白い雪を必死に掘った。
「あと、もう少し頑張って――」
緑のギザギザとした葉っぱが見えた。その中心にはまだ蕾から花を開けずにいた一輪のタンポポが私の前に現れた。
「助けてくれて有難う。久しぶりに外の空気を吸うことができたよ」
「え…もしかして、あなたがわたしと話していた?」
「僕の声を聞こえる人間がまさかいるとは僕も驚いているよ」
「わたし、あなたの声が聞こえたのね…」
驚いていて言葉をあまり出すことが出来なかった。
「そうそう、助けてもらったからにはお礼をしないとね。明日の朝、またここに来てくれないか?」
私はこくりと頷いて、急いで公園から去った。
鈍色に一瞬、色がついたみたいな…鈍色の世界に光がさしたみたいな…
不思議な気持ちが心の中から湧き上がってきた。
「わたし、花とお話したのね!」走りながらそういった。
昔から花と心を通じ合わせることが夢だった。
美しく咲いている花はどんな気持ちなんだろうって通じ会いたかった。
でも、花に語りかけても何も返ってこない。しかし、今は違う。私には花の声がはっきり聞こえるからだ。