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~ファンタジー異世界旅館探訪~  作者: 奈良沢 和海
【第1章】迷いの森と広瀬村
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第7話「カタルティロイ・ノーチェ」

 ノーチェは、森深く踏み入った結果、完全に迷っていた。


 猫妖精(ケットシー)の彼女は、隊商(キャラバン)の一員として、交易都市ミラーレを目指していた。

 だが、昼食の準備の為、森の中の小川の水を汲みに行った所を襲われそうになったのだ。

 素早さには自信があったので、ひたすら逃げた。多少、調子に乗っていたかも知れない。――何時の間にか森深くに迷い込んでいた。


「あの不良傭兵(メルセアリーオ)めぇ~、後で傭兵組合(メルセオクリーゾ)に文句言ってやるのにゃ」


 彼らは、正式な傭兵組合所属員メルセオクリーゾメンブロだったが、隊商(キャラバン)に同行を申し出ていた商人が怪しいとノーチェは(にら)んでいる。


 猫妖精(ケットシー)はこの辺りでは珍しい種族だから、金持ちに愛玩用として売り飛ばす気だったのだろう。

 安全の為に雇った護衛が危険を運んでくるとは何とも皮肉だった。


「ピアンタのやつが、お金に目が(くら)んだのが悪いのにゃ。あと賄賂(わいろ)貰ってたにゃ。きっとにゃ!」


 ノーチェは、大きく叫んだ後、周囲を見回すと深い溜め息を吐いた。


 猫妖精(ケットシー)は背が低い。その為、森林地帯では余計に視界が悪くなったし、何より町猫(ヴィラカート)の血が濃いノーチェは、文明的な場所以外は少し苦手だった。


「さて、どっちに行けばいいのかにゃ~……すんすん、森や草の匂いしかしないにゃ」


 猫耳をへたらせながら、とぼとぼと歩き続ける。


「この森はミラーレに行く時にいつも邪魔するにゃ。回り道で3日は余計に掛かるのにゃ。いっそ、全部切り倒しちゃえば、近道出来ていいのにゃ」


 森のせいで襲われたが、森のおかげで助かったとも言える。

 微妙な気分のままノーチェは歩き続けた。


「この森は大きいから奥まで行くのは危険にゃ。けど森を分断するように流れる川がきっとあるはずにゃ。流れを下って行けばミラーレに辿りつけるにゃ」


 隊商(キャラバン)が使う地図は、移動ルート周辺や休憩ポイントなどが詳しく記載されている特別製なのだが、ルート外は、市販されている地図を参考にしている為、曖昧(あいまい)な所も多かった。

 特に交易都市ミラーレの東側に大きく広がっている森林地帯は、北東の山岳部にまで及び、結果、東側からは大きく南下する、森林地帯沿いの迂回ルートを通るしかない状況になっている。


 これは、ミラーレが最前線の城塞都市だった頃の名残で、当時から、地名を持たない緩衝地帯(かんしょうちたい)として進入や伐採を禁止していた。その為、現在の地図にも影響を残していて、森林地帯の終わりから突如として川が出現するといったものになってしまっていた。


 ノーチェは、その地図を覚えていて川の大きさや流れなどから、(おお)よその見当を付けているのだった。


「上手く川を見つけられれば、(のど)(うるお)せるし食事にも有り付けるかもにゃ~。じゅるり」


 食事前だった事を思い出し、お腹をさすると空腹を(うった)えて、きゅるるっと鳴った。


「にゃ~……限界にゃ~。せめて水だけでも欲しいにゃ……」


 流石に(くじ)けそうになった時、鋭敏(えいびん)聴覚(ちょうかく)に大量の水が流れる音が聞こえてきた。


「にゃにゃ! 滝の音かにゃ。運が向いてきたかもにゃ~」


 まるで跳ねる様に駆け足になると、真っ直ぐ音がする方に向かうのだった。


 直ぐに滝が見えるかと思ったがどうやら滝口の方に出たようだ。


 ノーチェが下を覗き込むと、大きい滝つぼが見えた。

 高さが3ミール(約15m)近くあり、周辺が広く切り開かれた崖になっていて、遠回りしないと下には降りられそうになかった。


「にゃぅ~ん。ここから飛び降りるのは無理かにゃ~」


 確認の為、川の水に手を(ひた)すとそれなりに冷たかった。


「にゃにゃ。これだけ冷たいと全身濡れるのは危険が危ないにゃ!」


 そう言うと崖から距離を取った。ノーチェは少し高所恐怖症だったからだ。


「見た感じかなり遠回りしないと、下に降りられないにゃ。左回りで進めば最悪、森の奥に入り込むことは無いと思うけどにゃ~……」


 (しばら)くにゃ~にゃ~(うな)っていたが、良いアイデアは浮かばなかったので、先に(のど)(うるお)すことにした。滝に興奮してすっかり(のど)(かわ)きを忘れていたのだ。

 まずは両手ですくって、匂いと(にご)りを確認する。


「すんすん、匂いは大丈夫そうだにゃ。川の流れは速いけど透明度は高いにゃ。そして、肝心の味は、ぺろっ。……にゃにゃ! ……水だにゃ」


 変なテンションになっているのは、極度の緊張状態だったからかも知れない。

 ごくごくと、すくっては飲み込んでいく。


 すると上流から奇妙な物体が流れてくるのを目の端で(とら)えた。

 持ち前の動体視力を生かして素早く確認すると、何やらやたら目立つ赤い色の細長い塊が、水の流れによって踊る様に流されて来た。

 それは、ノーチェより少し上流にあった石にぶつかると、流れの中央に向かっていく。


 一瞬躊躇(ちゅうちょ)したノーチェだったが、次の瞬間の行動は素早かった。

 川の上流に向かって、水面ギリギリを飛ぶように跳ねたかと思うと、足りない分の距離を詰める様に水面を一回()った。

 そして、確実を()する為、手の爪を出し両手で挟みこむように『赤い塊』を(つか)むと、空中で一回転しながら器用に身体を(ひね)り、川辺にあった岩の上に見事に着地する。


「にゃにゃ。満点にゃ!」


 自画自賛しつつ、早速入手したブツを確認する。

 それは、ノーチェにとって、相当奇妙な物だった。


『にゃにゃ。何かツルツルでガサガサの派手な色の細長い袋みたいなのが、緑色の帯で(まと)まっているのにゃ。んにゃ? 文字みたいなのが書いてあるにゃ。にゃ!? ひょっとして第二交易文字ドゥエコメルソテクストかにゃ? これなら少し読めるにゃ』


 ノーチェはこの時ほど、商人見習いになって良かったと思ったことはなかった。

 早速、帯の部分に書かれた文字を読んでいく。


「え~と、丸みのある文字が『のなかさお』その下が『ジーセーソ』……何かの暗号かにゃ?」


 暫く、ガサガサと音のする袋の(まと)まりを(いじ)っていたが、急に(ひらめ)いた顔になった。


「もう、めんどくさいから開けてみるにゃ!」


 4本に(まと)まっていた内の1本を抜き取ると袋を爪でピリッと引っ()いて破った。


「なんか派手な色の中身にゃ~。夕日色にゃ。でも何かこの形見た事あるにゃ」


 確認の為、色々(いじ)ってみた。外側は袋よりさらにツルツルで硬い感じだが、中身が柔らかいのかグニグニと曲がった。

 両側には、金属製の留め金が付いていて中身が出ないようになっていた。


「そうにゃ! 腸詰め(コルヴァーソ)にゃ。そうすると中身は肉かにゃ~!」


 試しに外側を()めてみたが味はしなかった。どうやらこれを()いて食べるようだ。

 早速、爪の先端で突き指すと、プツッと音がして爪が深く食い込んだ。

 予想通り中身は柔らかいようだ。切れ込みを入れ慎重に()いていく。


「すんすん。にゃにゃ! 良い匂いがするにゃ! すんすん。でも肉とは何か違うような気もするにゃ~……ごくっ」


 あ~っと、小さく口を開けて、今まさに食べようとした瞬間、ノーチェはぴたっと止まった。


「……何かが変にゃ! あんな派手な色の過剰(かじょう)梱包(こんぽう)密封(みっぷう)してたのにゃ。……ひょっとして毒入りじゃないのかにゃ。間違って食べないようにとかにゃ。でも……ごくり」


 不思議な腸詰め(コルヴァーソ)は手に握られて、ゆらゆら()れていた。

 (ひか)えめながら、食欲をそそる香りが空腹を刺激する。


「にゃ~~~!! もう我慢で出来ないにゃ! 毒も()らわにゃ!!!」


 ノーチェは猛烈(もうれつ)な勢いで、忙しなく口を動かしていく。

 やがて、半分食べ終わった所で再び叫んだ。


「ウマイにゃ~!!! 肉かと思ったら別の味にゃ。でも食べた事ある味にゃ。そしてウマイにゃ~~!!!」


 残り半分も一気に食べ尽くすと一息つく。

 その時、ふと先程の読めなかった文字が気になってきた。


「にゃ~。第二交易文字ドゥエコメルソテクストなのは間違いないのにゃ。……にゃにゃ。読み方が悪かったのかにゃ?」


 ふと思いついて、文字を反対から読んで行く。


 『おさかなのソーセージ』


 ピシャーン! ノーチェは落雷が落ちた時のようなショックを受けた。


「にゃにゃ~……お魚のソーセージだったのにゃ! 最初の『お』は上品な言い回しだから上等な品を表しているのかにゃ? ソーセージも腸詰め(コルヴァーソ)の事だから、魚の腸詰め(コルヴァーソ)だったのにゃ~」


 改めて、残りの腸詰め(コルヴァーソ)の束を見てみれば、毒ではなく高級品だから派手な色で厳重な梱包(こんぽう)だったと思えてきた。


「残り3本にゃ~。非常用に1本は残すとして、残りは2本もあるにゃ。……ごくり」


 次の1本に手を付けると、今度は味わうように食べ、2本目は愛おしげに、しゃぶったりしながらゆっくりと味わった。

 そして残り1本となり、名残惜しそうにポケットに仕舞おうとしたが、外側の袋はガサガサ(うるさ)いので取る事にした。


「……にゃ~。これからの道は険しいにゃ。非常食の備蓄(びちく)は大事にゃ。でも万が一最後の1本を落としてしまったら大変な事にゃ。落とすくらいなら、今、食べた方がこれからの力になるにゃ。腹が減っては戦は出来ないにゃ!」


 そう言うと、ノーチェは最後の1本に爪を立てるのだった。


 やがて、全てのソーセージを食べ終わって満足したのか、後ろに倒れ込むと満足げに(つぶや)いた。


「満ちた……にゃ」


 瞳を閉じて、川から上がって来た冷たい空気を感じていると、身体に力が満ちて疲労が消えていくのを感じる。

 同時に、感覚がより鋭敏(えいびん)になり周囲の状況が手に取るように分かる様になってきた。


『滝の音に(まぎ)れているけど、滝つぼの方に何かが居る気配がするのにゃ』


 崖の上に居れば危険な事にはならないだろうが、それでも気配を殺して、なるべく静かに滝口に向かった。

 そして、ゆっくり下を(のぞ)き込むと、思わず大きな声を上げそうになって、(あわ)てて両手で口を(ふさ)いだ。


『にゃにゃにゃ! 魔獣(デモナビースト)にゃ!』


 魔獣(デモナビースト)は、水を飲みに来て(えさ)でも見つけたのか、滝つぼの水際をウロウロして何かを探しているようだった。


『不味いのにゃ。アレは凄く素早いヤツにゃ! それに跳躍力(ちょうやくりょく)半端(はんぱ)ないにゃ。……この崖も登ってくるかもにゃ』


 上から観察していると。魔獣(デモナビースト)が不意に上を向いた。

 (あわ)てて首を引っ込めるが、目が合った気がした。

 (わず)かの逡巡(しゅんじゅん)の後、飛び跳ねるように立ち上がったノーチェは、全速力で上流に向かって走り出した。


『やばい、やばい、やばいにゃ!!! 追い着かれたら勝ち目が無いにゃ! 崖を登ってくる前に出来るだけ引き離さないと危険にゃ!』


 驚異的な身体能力を発揮して河原を跳ねるように進んで、出来るだけ視界が(さえぎ)られて相手が此方(こちら)を一瞬でも見失うルートを素早く選んでいく。

 川の流れが(おだ)やかになった場所で、後ろを一瞬振り返ると、浅瀬(あさせ)を選んで素早く向こう岸に渡る。

 そして、そのまま森の中に入った。

 森の中を(しばら)く進んだ後、川に引き返すと、木々の隙間から周囲を(うかが)い、再度、川を渡ると、再び全力疾走で上流を目指す。


 ノーチェは勝算は低いが賭けに出ていた。さっき食べた『おさかなソーセージ』の持ち主が上流に居る可能性が高い。上手いこと合流出来れば助けになるかもと。


 例え、上手く合流出来ても交渉が失敗する可能性もあったが、その時は、残念ながら追ってきた魔獣(デモナビースト)を押し付ける形になるだろう。

 それ程までに切羽詰まっていた。


 途中で、中州を見つけたので素早く上陸すると、岩の上に飛び乗り、そのまま水中に向かって跳躍(ちょうやく)する。


 そうして、ノーチェは更に上流を目指して疾走するのだった。

魚肉ソーセージ美味しいよね。

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