第47話「異世界救助」
誰に取っても想定外の出来事だった為、三人は早めの休憩を入れる事にして、適当な場所を見繕って、荷物を背負ったまま腰を下ろした。
「その力は魔法職人が魔道具に魔力付与を施す際に使う能力に近いと思う。――厳密には少々違うかも知れないが……」
アルヴァーの話を聞きながら、魔法瓶からお茶を注ぐ。一口含むと熱いお茶が体に染み渡り、しみじみと美味しかった。
だが、優希は未だ続くノーチェの非難めいた視線に耐えられず、自分の分の黒い稲妻のお菓子を差し出すことにした。
「にゃにゃ。苦しゅうないにゃ!」
甘いお菓子懐柔作戦は成功したようで、ノーチェの機嫌は直り『ザクザク』と音を立ててお菓子を消費していった。
優希は、アルヴァーに視線を戻すと詳しい説明を聞いたが、魔力に関しての知識が殆どない状態では理解が追い付かなかった。
それは此方の世界の住人のノーチェも同じようで、仕切りに首を傾げていたが、その内に飽きたのか、魚肉ソーセージを取り出すと食べ出し始めた。
「ともかく、今後はその能力の事は秘密にし、不用意に使用しない方が良いだろう。……特定の魔力を支配下に置けるとなれば、畏怖や恐怖の対象となる――……」
「……そうですね。それで広瀬村や広瀬館に訪れる人が居なくなってしまったら、本末転倒ですし――……」
あくまでも広瀬村由来の魔力限定という縛りがあるとはいえ、もっと訓練すれば特定の個人だけを拘束する事も可能になるかも知れない。
人知れず拘束される……そんなリスクのある場所に好き好んで向かう物好きは居ないだろう。
将来的に、こちらの世界の住人を広瀬村にお客様として招く際に、問題となる事は確実だった。
「ノーチェ。さっきの事は本当にすいませんでした。……それで、この件に関してはどうか内密に――」
ノーチェは、二本目の魚肉ソーセージを食べ終わるまで口を利かなかったが、優希を見ると目を細めてニヤッと笑った。
「にゃにゃ。仕方ないにゃ~。――毎日一本、おさかなソーセージで手を打つのにゃ!」
口止め料としては、高いのか安いのか良く分からないが、おやつとして出す分には構わないだろう。優希が了承すると、ノーチェの機嫌は覿面に良くなった。
三人は少し休憩した後、昼食を取る予定の場所を目指して木々の間を進んで行く。
アルヴァーはともかく、森には滅多に入らないと言っていたノーチェも疲れた様子を見せないのは意外だったが、隊商の一員として、長距離を移動するのは体力も必要なのだろうと思った優希だった。
『うーん、もう少し鍛えないと、この先、辛くなるかな?』
子供の頃は、山道でも全く平気だった記憶があるが、引っ越して都会の生活に慣れきっている現在では、少々、心許ないと感じる。
まあ、これからだと思う事にしてミラーレに向けて歩を進めて行く。
「あっ! ノーチェ、これウルシですから気を付けて下さい」
「にゃ? ウルシって何なのにゃ?」
「触るとカブレるヤツです」
ノーチェは葉っぱに触れようとしていた手を慌てて引っ込めた。
「少し触った位なら平気な人もいますけどね。この羽根状に葉っぱが生えている木には注意して下さい」
ノーチェはウルシの木を警戒して十分な距離と取ったが、迂回先にもウルシの葉が見えて思わず後退っていた。
「森の中は危険が危ないにゃ~……」
「左手だけでもファノさんに貰ったグローブを付けると良いですよ」
優希は、旅館にあった防刃手袋を今は嵌めていた。これは使用されている繊維が違う他、普通の軍手の弱点でもある防水加工も施されている優れものだ。
アルヴァーは自分の革製のグローブを持っていたが、予備として渡すと嬉々として受け取って今も嵌めている。ただ、人に見られる事を避ける為、ミラーレに入る前には外すらしい。
そして、肝心のノーチェの手袋だが、残念ながら、人間用のものはサイズが合わなかった。元々猫妖精は手袋をする事が余りないらしいという事だったが、出発前に撫子が自分が、かつて使っていたグローブを持って来てくれていた。
「少し大きめだけど、背に腹は代えられないにゃ!」
ノーチェは、背を向けて、優希にバックパックに釣るしていたグローブを外して貰うと、左手を差し出した。
――気付いたのだが、肉球や鼻の頭などは別として、猫妖精は、全身の体毛が皮膚に直接触れるのをガードしているから、多少の接触では問題ないのではないだろうか? とはいえ、体質によっては近づいただけでカブレる人もいるので油断は禁物だろう。
優希は少し苦笑いすると「仰せの通りにお姫様」と言いノーチェの左手にグローブを嵌めると紐を引き、しっかりと縛った。
その後は、順調に移動出来、予定時間は少し過ぎたが無事に休憩場所に着く事が出来た。
「滝を見上げながらの昼食も良いですね!」
滝の音が大きい為、優希が少し大きめの声を出す。
一度は滝を迂回するルートを通ったが、その後は敢えて滝つぼを目指して進んでいた為、不思議に思っていたが、この景色を見たら納得せざるを得ないと思った。
急ぐとはいえ、この光景を見ないのは勿体ないと観光気分で考えていた優希に対し、アルヴァーの思考は実用一辺倒だった。
「村から放出された魔力が、此処で一気に大気中に放出されているのを優希も感じていると思う。――相手の気配が捉え難い此処は、本来なら休息場所には向かないが、魔力感知で優位な今なら、逆に此方の気配を遮断出来る安全地帯になる」
「そ、そうですか。……ノーチェはどうです?」
先程から、やけに落ち着きのないノーチェに話題を振ると、周囲を警戒しつつ荷物を下ろした。
「ここは、この前、魔獣が居た場所なのにゃ! あんまり落ち着けないにゃ~……」
優希は魔獣を見た事がない為、想像になるが、確かにクマが出没する場所での休憩と考えると落ち着かないかも知れない。
とは言え、森の中で不思議な適応力を見せるアルヴァーの言葉は、信頼出来ると思える。
「ノーチェの懸念も分かるが、此処ならば余裕を持って対処出来る。だが、此処から先は安全とは言えない。今の内に食事や休息を取り、森を一気に抜けるのが最善だろう」
アルヴァーも荷物を下ろすと、昼食のサンドイッチの包みを取り出した。
そして、体の筋を軽く伸ばすと、木の幹に背中を預けたが、座り込む事はせず、その体制のままでサンドイッチを食べ始めた。
時折、瞳を閉じているのは魔力感知を行っているからだろうが、食事の手が早い事と、満足そうな笑みを見せる事から、傍目からは、食事に大変満足している様子に見える。……案外、見た目通りかも知れなかったが。
そんな様子を見せられたので、優希とノーチェは急に空腹を覚えた。
ノーチェは早速、昼食の包みを取りだそうとしたが、左腕のグローブが邪魔をして上手くいかなかった。
これは、サイズの問題もあったが、元々がミトンのような形状のため繊細な動作が出来なかったためだ。
「にゃ~! 優希~っ、これを外すのにゃ~!」
「ノーチェ、少し待って下さい!」
ノーチェが手をブンブンと振って叫んでいるが、優希は手を洗うために川縁にしゃがんでいた。
そして、川の水に手を入れようとした瞬間、その気配は現れた。
優希は、すぐさまアルヴァーに視線を移すと、アルヴァーもそれを感じ取ったのか緊張した面持ちで、武器に手を掛けた。
優希は、ゆっくりと立ち上がると、静かに二人の元に向かった。途中、急に様子の変わった優希を不審に思ったノーチェが何か言おうとしたが、手の動きでそれを制した。
「……何か嫌な感じのモノが近づいて来るのを感じます」
ノーチェは、驚きから瞳孔が開かれたまま固まったが、取り敢えずは、情報交換を続ける。
「――魔獣だ。優希も感じたという事は、広瀬村の魔力持ちで間違いないが、問題は向こうがいつの時点で此方に気付くかだが……」
まだ、魔獣とは距離があるため、物陰に荷物を隠し、迎撃に有利な場所に移動して様子を伺う。
ただ、向こうの歩みが一定で、此方に気付いているのかどうかの判断がどうしても付かない。
……だが、確実に近づいている。
――魔獣が迫り、いよいよ戦闘が不可避といった所で、突然、魔獣は方向転換し遠ざかって行った。
「……えっ!?」
「にゃ? ど、どうしたのにゃ?」
ノーチェは武器を構えたまま、忙しなく視線を彷徨わせていたが、魔獣がいなくなった事を話すと、深いため息をついた。
優希も安心したが、アルヴァーは、眉間に皺を寄せて瞳を閉じたままだった。
「アルヴァーさん? どうしました?」
「魔獣の先に、知った魔力の持ち主が居る。狙いが彼女に移った!」
アルヴァーは、そのまま飛び出しそうになったが、直ぐに思い直した。今、下手に動くのは得策ではないと考えての事だろう。
「――直ぐにでも助けに行きたいが、此方を危険に晒してしまう事になる」
優希には、感じられなかったが、魔獣の不自然な動きから、誰かが襲われようとしているのは確実だろう。
――問題は助けが間に合うかだが――……。
「僕が行きます!」
「危険だ! それに今からでは――……」
「力を使えば足止め出来る筈です!」
確かに広瀬村由来の魔力を吸収した魔獣なら、優希の力を使えば、拘束出来る可能性も高い……しかし――。
アルヴァーは瞬時に考えを纏めると、今にも飛び出しそうな優希に声を掛けた。
「頼んだ。今から優希に移動補助の『魔術』を掛ける」
アルヴァーは、優希の肩に手を置き、短く言葉を発した。
『Videbla Potenco』
「有難うございます。じゃあ先行します! 暫く我慢してて下さい!」
魔術の影響か茂みなどの障害物を物ともせず、木々の間をすり抜けるように進む事が出来た。
それと並行して、前方に感じられる魔力に集中する。おそらくアルヴァーやノーチェにも影響があるだろうが、魔獣の足止めが最優先だった。
間に合わなければ意味がないのだ。
優希は、魔獣に追い付きつつあったが、同時に別の魔力も感じられるようになっていた。
それは、急に大きくなったり、別のものになったように感じたりと、安定していないように優希には感じられた。
『魔法を使っているから? この前みたいな失敗はしないようにしないと……」
優希は、魔術師クルアランとの出会いを踏襲しないように、友好的な接触を心掛けなければと思った。
――やがて、目の前の茂みの向こうに気配を感じるまで近づいた優希は、一計を案じ、手頃な枝を大きく振ると、アルヴァーが掛けてくれた魔術の効果が残る内に茂みをすり抜けた。
――そして、ルーシェや隠されし守護者の面々との邂逅を果たす。





