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~ファンタジー異世界旅館探訪~  作者: 奈良沢 和海
【第2章】二人の魔法使い
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第44話「ルシエント・サルース・イーリス・エイリアル」

 ルーシェは、体を覆う不快感を感じつつ、意識を取り戻した。


 一瞬、自分の置かれている状況が分からず混乱したものの、視界に映る魔獣(デモナビースト)の姿に正常な思考を取り戻していく。

 目の前には、ルーシェの手を離れた杖が、手を伸ばせば何とか届きそうな距離にあった。


 だが、立ち上がろうとした所で、突如、全身を貫く痛みが襲い、ルーシェは『ぐっ』と呻き声を上げて体制を崩してしまった。


 目覚めたときの違和感はショックで痛覚が麻痺していたからだろう。

 声にならない叫びを上げて蹲る。

 思考が痛みで塗りつぶされそうになるのを耐え、腕を伸ばし震える指先で杖を掴むと、左手首に嵌まっているリングに何とか接触させる。


解除(リベリーグ)


 ルーシェが絞り出す様に唱えると、リングが一瞬、淡く光り見る間に黒ずんでいく。

 次の瞬間、左腕をねじる様な魔力の流れが、指先に向かう感覚が襲い、不快感から思わず眉を顰めた。

 だが、左腕の不快感に反して体の痛みは急速に薄れていき、痛みから強張った全身の筋肉が弛緩するのを感じたルーシェは、呼吸を整える事が出来た。


封印(シゲーロ)


 再びリングの力を発動させる。リングは輝きを取り戻し、魔力遮断の効果を発揮し左腕の不快感は薄れていく。


「はあっはあっ……」


 ルーシェは荒い呼吸ながらも、何とか立ち上がる事が出来るまでには回復していた。


『あんなに近づかれるまで気付かないなんて。左腕(・・)が反応しなければ間に合わなかった。でも普通の魔獣(デモナビースト)に反応するなんて……あり得るの?』


 ルーシェは目の前の魔獣(デモナビースト)ジャウードを警戒しながらも、状況を確認していく。

 おそらくローブの防御機能を突破出来なくて力任せに木に叩き付けたのだろう。魔獣(デモナビースト)の距離が開いているのは幸いだが、意識がない間や、今、この時点でも襲って来ないのは、とても不自然だった。


『何かを警戒している? とにかくマティ達と合流しないと』


 ルーシェは、銀製の筒を取り出すと、容器の底に付いている水晶体(クリスタレンソ)に僅かに魔力を流した。次に容器を握り、親指で先端のガラス部分を強く押す。薄いガラスは砕け親指は傷付いて血が滲んだが、痛みは少し眉を顰めた程度だった。先程までの激痛に比べれば何て事はない。


『あまり使いたくはなかったけど――』


 ジャウードが、血の匂いに釣られてルーシェを再び視界に捉えた。

 牙を剥き出すと、体が僅かに沈む。次の瞬間、大きく跳躍し獲物を捕えるべく襲い掛かって来た。


『Amalgamated』


 ルーシェは容器を握ったまま親指を立て大きく振るった。中から僅かに赤みを帯びた銀の液体、水銀が、まるで意思を持つ細い鉄線の如く飛び出しジャウードを捕えた。


 拘束されたまま落下してくるジャウードを何とか躱すと、まだ痛む体を無理やり動かし出来るだけ距離を稼ぐ為に走り出す。


 ルーシェは、攻撃魔法(アタックマギオン)が使えない訳ではなかったが、目の前のジャウードには火力不足を感じていた。武器への支援魔法(ステロマギオン)も駄目だ。手持ちの短剣では魔力を受け入れ切れないし、杖では発現する魔法を弾いてしまう。それに下手に攻撃を加えてしまうと今の拘束が解ける危険があった。


『それに……あのジャウードは奇妙な感じがする――』


 背後から、ジャウードが拘束から逃れようとして暴れる音が響いてきたが、後ろを振り返る余裕はなかった。


 集中出来ない走りながらの魔力感知では精度は著しく落ちるが、仲間のおおよその位置は分かる。予想よりはかなり離れていたが、マティアスが突出して近づいて来ているのを感じ、少し嬉しく思った。


「ルーシェ! 何処だ、返事しろ!」


「ここです、マティ!」


 声が聞こえる距離まで近づいた事に安心したのも束の間、後方で激しい衝突音が響き、ジャウードを拘束する魔術が破壊される感覚をルーシェは感じた。


「マティ! ジャウードが来ます!」


 距離は稼いだが、気休め程度だろう。ルーシェはマティ達との合流を待たずに戦闘態勢に入った。自分が魔法使い(ソルティースト)である限り、魔獣(デモナビースト)に優先的に狙われるのは必然だった。


「くそ! 今行く!」


 ルーシェは、木の根元にしゃがみ込むと瞳を閉じ、危険だが魔力感知を行った。

 二度目の一撃もローブで受けるしか手がなかったが、不意打ちになれば、先程と同じ結果になってしまう……。


『集中して……。恐怖は感覚を鈍らせる――』


 杖にしがみ付く恰好のルーシェは、時間こそ掛かったものの魔力感知の範囲を拡大していく……。


 此方の位置を見失ってる様だが、確実に近づいてくるマティアスに安心を貰ったルーシェは、さらに感知範囲を広げてジャウードの動きを捕えようとした。


『えっ? 反応が2つある!?』


 先程のジャウードとの距離はまだあるが、それとは別に森の奥から何かが急速に接近してくるのを捕えた。


『魔力の質が、さっきのジャウードと同じ……。まさか(つがい)?』


 咄嗟に魔力感知を切り上げ攻撃魔法(アタックマギオン)魔力変換マギアコンヴェルティゴに入る。

 幸いにも此方と新たな目標との間には視線を遮る茂みが密集している。

 魔獣(デモナビースト)相手では効果は薄いが、抜け出た瞬間を狙えば牽制になり時間を幾らか稼げるだろう。


魔力変換中マギアコンヴェルティゴは声を出せないけど、攻撃音でマティに位置を教えられる』


 その後は、ローブの防御効果頼りで粘って、マティアスに止めを刺して貰う。

 魔力変換マギアコンヴェルティゴの為、魔力を杖の水晶体(クリスタレンソ)に集中させながらも、瞬時に思考を巡らせていく。


 僅かな藪の動きから攻撃相手が近づいている事を察知すると、素早く杖の先を向け魔法発動状態にする。


 だが、ここでルーシェは予想外の出来事に遭遇する。


 杖を構えた先に魔獣(デモナビースト)は出現せず、その代わり少し離れた場所から、僅かな音と共に何かがすり抜けて来たのだ。

 そちらに向け咄嗟に杖を構えたものの、それを見た瞬間、集中力が切れ具現化寸前の現象は霧散し魔力に返った。


「えっ?」


 後になって、自分は何て間抜けな声を出したのだろうと思ったルーシェだったが、その場にいたなら誰もが同じ様な反応になっていただろう。



 そこには、黒い髪を短く切り、深い青のマントを纏った少女が、静かに佇んでいた――。

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