第43話「デモンキャサード」
隠されし守護者は素早く円陣を組んだ。
このチームの利点はルーシェの探知魔法による圧倒的な索敵範囲にある。
軍隊ならば護衛を付けて交戦中も索敵を続けるだろうが、隠されし守護者は少人数かつルーシェも戦闘に参加する為、探知を切り上げるタイミングが重要だった。
「方位と規模は!?」
「川の対岸およそ4トール(約200m)数は4……いえ5匹。小型で素早いタイプです。3ミール(約15m)以内に固まってこちらに向かって来てます」
マティアスの問いルーシェが的確に答えると、申し合わせた様に隊形を変更した。
「向こうはこちらに気付いています。残り2トール(約100m)」
「タイエン前に出て出来るだけ引き付けてくれ。俺とリリーは左右で1匹ずつ確実に始末する! ルーシェは後方で援護だ!」
「ああ」「分かった」「気を付けて」
タイエンが足場を確認しつつ前に出て、背中に回していたラージシールドを左腕に装着しポールアックスを短く持ち直した。
リリーは刃渡りの違うショートソードを抜くと左手側は逆手で構えた。
マティアスは剣を鞘に納めたままだった。カールヴァーンは魔剣の性質上、どうしても魔獣を引き寄せてしまう。抜剣のタイミングの見極めは重要だった。
「来ます!」
ルーシェが、探知魔法を切り支援魔法発動の為、杖を右手で構えた。
僅かな時間で魔力変換を終えると、魔獣が視界に入る絶妙のタイミングで、タイエンの装備に防御魔法を発現させた。
『巨人の護符』
タイエンの身に纏う皮鎧などの装備のみが、一瞬、魔力の光を放出した。その後、直ぐに魔力の粒子は拡散したが、タイエンの全身は緩やかな淡い光を帯びていた。
刹那、木陰から勢いよく飛び出した小型の魔獣は川縁で静止し、威嚇するように牙を剥き出しにすると、魔力の光に引き寄せられたのか川の流れを物ともせず、まるで飛び石の様に水面を跳ねて先を争うようにタイエンに殺到した。
「マディム――だ!」
タイエンが先頭の1匹を斧の腹で叩き付けつつ叫んだ。
ウサギ大の大きさに長い手足を持つ魔獣は、叫び声を上げ地面に叩き付けられたが、次の瞬間には激しく手足を動かし体勢を整えようとした。
「任せろ!」
マティアスが素早く抜剣すると地面ごと貫く勢いで突き刺す。
僅かに狙いを外したものの致命傷を与える事が出来、マディムは叫び声を上げる事無く絶命した。
「仕留めた!」
全員に聞こえる様に叫び、タイエンに視線を向ける。
マディムは、タイエンの右手足にそれぞれ1匹づつ噛り付き、残りの2匹は盾に張り付いていたが、タイエンは我慢強く冷静に対応していた。
体の半分近くを占める口にノコギリの様な無数の牙が生えているマディムの顎の力は、容易く皮鎧を貫き頑強な戦士の肉体をも砕くだろう。
しかし、巨人の護符で守られている今のタイエンには通用しない。
だが、あまり長くは持たないだろう。マディムが牙を立てる度、防御魔法の魔力が剥ぎ取られ、光の粒子になり大気に散っている。
マティアスは一瞬だけ躊躇した。カールヴァーンなら防御魔法の上からでも攻撃を通す事が出来るからだ。
手元が狂えばケガだけでは済まないだろう。
「盾は諦めろ!」
それだけで通じたらしい。タイエンは足に噛り付いているマディムをポールアックスの柄の先で力任せに突き刺した。
魔力武器ではない為、魔獣には、あまり有効ではないが、強引に力を込めて押し込むと地面に縫い付ける事が出来た。
それでも、マディムは絶命せず絶叫しながら何とか抜け出そうと暴れ続けたが、それには構わず、タイエンは素早く左腕の留め金を外すと、盾ごとマディムをマティアスの手前に投げた。
マティアスは盾ごと破壊する勢いで、1匹のマディムを切断した。実際、盾は大きく破損したが、その際、運よくもう1匹が盾の下敷きになったまま落下した。
素早く盾ごと踏み付けて逃げ出すのを防ぐと、盾の上からマディムを狙い突き刺す。
だが僅かな手応えは感じたものの致命傷ではなかったらしく、下敷きになりながらも激しく暴れ始めた。
マティアスは少し剣を引くと、ピアンタが看破した特殊な機能を発現させた。
『妖精剣!』
瞬間、地面が抉れる音と共に、強い圧力が盾を浮き上がらせた。マティアスが慌てて体重を掛け強く抑え込むと、先程までより地面に近い距離まで沈み込んだ。
小型の魔獣が至近距離での発動に耐えられるとは思えないので、おそらく原型を留めていないのだろう。
マティアスが一息付いた所でリリーの鋭い声が響いた。
「首筋を狙ってる!」
タイエンの腕に噛み付いていたマディムが狙いを変え肩当てに取付いていた。何とか左手で抑え込もうとしたが僅かに間に合わず、マディムの牙が掠りタイエンの顎が僅かに抉れ血が滴った。
それに興奮したマディムが、より一層、首筋に噛み付いた顎に力を込めるが、防御魔法の効果が残るインナーが首を覆っていたので致命傷は避けられた。
だが柔軟な素材では魔力を蓄積する力も弱い。
少しずつ締まる首筋に、タイエンは眉間にしわを寄せ苦しげに唸った。
「――リリー、押さえて……おく……」
「分かった」
既に至近距離にいたリリーは、右手のショートソードを手放すと素早く、大柄なタイエンの体を駆け上がり左肩に跨った。
次にタイエンの頭越しに、右肩に取り付いているマディムの真上から逆手に持ったショートソードをあてがうと、右手で押し込む体制を取った。
その静止の瞬間を狙いルーシェの支援魔法が発現した。
『三相女神の祝福』
ショートソードが赤く輝いた瞬間を待って、リリーはほぼ垂直に剣身をマディムに差し込む。
刹那、ショートソードに込められた全ての魔力が剣身から放出され、破壊の刃となってマディムを内側から破砕した。
マティアスが地面に縫い付けられたまま、未だ絶命していないマディムに止めを刺すと戦闘は終わった。
「ルーシェ、索敵を」
「はい」
ペンデュラムを取り出すと、探知魔法を再度発動させ、周囲の安全を確認する。
瞳を閉じ感知範囲を拡大するルーシェを援護する位置に移動し、周辺を警戒していたマティアスだったが、安全が確認されると、大きく息を吐き肩の力を抜いた。
「――タイエン大丈夫か?」
「……ああ」
マディムの返り血で真っ赤に染まったタイエンが、首の調子を確認しながら答えた。
「――ルーシェ……次からは威力を抑えて」
同じく返り血で顔面を赤く染めたリリーがタイエンから降りながら文句を言ってきた。
「……いや。一撃で仕留めきれなければ喉を喰いちぎられていた。――助かった」
「珍しく饒舌。なら仕方ない――」
支援魔法は強力だが、対象が静止状態でなければ魔力の損失率が大きい事や、生命体や魔力を多く持つ対象には掛かりにくいといった制約があり、使う側は勿論、受ける側にも技術と経験に基づいた連携が必要不可欠だった。
その点、隠されし守護者は、魔法の特性を良く理解し連携が上手い、理想ともいえるメンバーといえた。
「それよりも、顔の傷を早く水で洗わないと……」
「川が近くにあって良かったな。とりあえず顔を洗ってこい」
二人に促され、タイエンとリリーは連れ立って川縁に座り込むと返り血を洗い落とした。
タイエンは傷口を洗う時に、若干、顔を歪ませたが、幸いにも傷はそれほど深くはない様だった。
「マティとリリーに怪我はありませんか? 感染症を防ぐ傷薬を塗りますよ」
そう言うとルーシェは小さな金属の容器を取り出した。
その容器を見て他のメンバーは顔を引き攣らせたが、それに構わず蓋を開けると、途端に周囲へと悪臭が広がった。
魔獣相手にも一歩も引かなかったタイエンも、これには我慢が出来ないらしく若干腰が引けていたが、この悪臭の中でも笑顔を絶やさないルーシェによって強引に傷口に擦り込まれた。
――声にならない叫びを上げるタイエンの様子を見て、怪我がなくて本当に良かったと思うリリーとマティアスだった。
「さて、これからだが――」
傷の手当ても無事?に終わった所で、全員、探索は切り上げて撤収するという事で意見が一致した。
決して油断していた訳ではないが、魔獣が闊歩しているなら、森林探索には向かないが、もっと重装備で望まなければならないだろう。
装備を整え直す必要があった。
「マディムの死骸はどうする? ひき肉になった分は除くとして……」
「トトさんの所に持っていけば、――何か分かるかも知れません」
マディムがやってきた方角と、積極的に人に襲い掛かってきた事を考えると、ルーシェの言う所の『――何か』は、あまり考えたくはなかった。
とはいえ、小型でも魔獣にはそれなりの金銭的価値がある。
戦闘で失われたタイエンのラージシールドの補填も必要な事から、今後も活動を続ける為にも残りの3匹は、なるべく持ち帰りたい所だった。
「でも死骸になったら余計に魔獣を引き寄せる」
厄介な事に魔獣は、死後もある程度、魔力が残留する特性がある。それは同じ魔獣の好物でもあり、血の匂いと一緒に大気に拡散した魔力が新たな魔獣を呼び寄せる。
また強靭かつ凶暴な性格の魔獣は、死骸よりも生者を優先して襲う習性があり、魔獣狩りの難易度を上げていた。
「二人とも血を拭った後の布を貸してくれ」
「ああ」「どうするの?」
川の水で濯いだものの、べっとりと血が付いた布は、ここに捨てるしかないと思うほど汚れていたので、正直、使い道があるとは思わなかった。
布を受け取ったマティアスは、川で血抜きしていたマディムを引き上げると、破損が酷い死骸を布で巻き始めた。
やがて満足する出来になったのか、笑顔で布に巻かれて手の下で揺れるマディムを捧げ持った。
他のメンバーが唖然とする中、マティアスがニヤッと笑った。
「これなら、ルーシェの支援魔法が掛けられるだろう?」
「血が染み込んでいるので多少通りは悪いですが、これなら問題ありません」
死骸にはまだ魔力が残存しているので無理だが、装備品と同じで巻いた布になら支援魔法を掛ける事が出来る。
タイエンが支援魔法で魔獣を引き付けた様に、魔力を何よりも好む魔獣には良い囮になってくれるだろう。
マティアスは粗雑な所もあるが、時に思いも掛けないアイデアを閃く。彼がリーダーとして他のメンバーに信頼される所以だった。
「リーダー意外と賢い」
「素晴らしい思い付きです、マティ!」
「――お前ら、実は馬鹿にしてないか?」
と言いつつ、まんざらでもなさそうなマティアスだったが、この場に留まる危険性は十分に理解している為、素早くメンバーに指示を出した。
「長居はしたくない。こいつは俺が持つから、タイエンは残りを持ってくれ。リリーはルーシェの護衛を頼む」
マティアスは全員を見回して、再度、マディムの死骸を掲げた。
「殿は俺が務める。魔獣が出たらコイツを――……」
そこで、皆はルーシェの異変に気付いた。
ルーシェは何時もの様にペンデュラムを持ち探知魔法を発動しようとしたが、急に左手を気にしだした。
――次にマティアスが見たものは、突如現れた、大型の魔獣に襲い掛かられ、吹き飛ばされる様に、諸共、木々の間へと消えていくルーシェの姿だった。
「ルーシェ!!!」
マティアスの絶叫が森を割った!





