第40話「呪いの魔剣の仕組み」
マティアスが渋々といった様子で再び魔剣を置くと、ピアンタはカールヴァーンを隅々まで観察し、それからマティアスをじっと見つめた。
その視線に流石に耐えられなくなった頃合で、ピアンタがようやく口を開いた。
「これがそうなのですね……」
「おいおい、その魔力が観える眼鏡とやらで呪いでも見えたか?」
「商会長ピアンタ、何か分かったんですか?」
全員の注目が集まる中、ピアンタがカールヴァーンの解説を始めた。
「――魔道具を強力な物にするには幾つか方法があるんですが、魔力を使う以上、強力になればそれだけ大量の魔力を消費してしまいます」
「しかし例外もあるのでは?」
「俺の剣も魔力を使う方だが、威力に比べれば寧ろ消費は少ないぞ?」
メラグラーナとマティアスがそれぞれ反論した。
「ええ。それが優れた魔道具の条件の一つでもあります」
ピアンタは具体的な例を出した。
「猫妖精の国に伝わる魔道具は力の方向を変える事で。そして、このカールヴァーンは剣身の魔力が循環しているのが観えます。柄から刃先に沿って切先までの流れが強いので、おそらくグリップか鍔に魔力を加速させる仕掛けが施されていますね。それが威力の割に魔力消費が少ない秘密でしょう。――この剣は刺突の方が切れ味が鋭いのではありませんか?」
「あ……ああ、確かに」
マティアスが呆然としながらも、自分がカールヴァーンを振るっている時のイメージを思い出しながら答えた。
「そしてもう一つ。汎用ではなく、使い手の魔力の質に合わせる事で威力を増加させる方法……」
「――魔力同調ですね?」
これにはルーシェが答えた。
「それで家の一族しか使えないのか……」
マティアスは納得しかけたが、ルーシェがそれを否定した。
「でも待って下さい。魔力同調なら確かに多少は威力を上げられますが、逆に使用者が衰弱する様な副作用も起こらない筈です」
「そうなのか?」
「ええ。精々が他人が多少使い難くなる位でそれ程の影響はありません」
「じゃあ結局、呪いの類なのか?」
「いいえ。――ルシエンさん。先程、アルヴァー先生から魔力感知の方法を習ったと仰いましたよね? それに魔法使いなら知識としてある筈ですが……」
今までと違い、ピアンタに見つめられ居心地が悪そうにしていたルーシェだったが、マティアスに期待された視線を向けられると、目を瞑り考えに集中する姿勢を見せた。
暫く沈黙していたルーシェだったが、やがて、ぽつりと呟くように囁いた。
「――魔力波長……でしょうか?」
「正解です。――かつての優れた魔法職人達は、魔力波長を使用者と同期させる事で、威力が高く魔力消費が少ない魔道具を製作していたという話です。この魔剣もそんな一振りなのでしょう」
「じゃあ、その魔力波長とやらが合わないとまともに使えないのか?」
「ええ、おそらく。推測ですが、魔道具に必要以上に魔力を注ぐと反発するように、波長が合わない為に魔力が強く反発したか、逆に必要以上に魔力が流れてしまい急激な魔力枯渇状態に陥ったのではないでしょうか? 先程の話からすると、かなり厳密に波長を同期させている筈です」
「じゃあ、一族でも俺にしか使いこなせないのは……」
「同じ血縁なら波長も似るといいます。ウィンズナィ家で最も本来の持ち主に波長が近かったからでしょう」
「……なんてこった」
マティアスは暫く天を仰ぎ見ていた。
そんなマティアスを横目にリリーは興味深げにピアンタに質問してきた。
「じゃあ、腕の良い魔法職人に頼めば調整も可能?」
その質問にはマティアスを始め全員が興味があるらしく、ピアンタに視線が集中した。
そんな視線を受けつつ暫し思案する振りをしてからピアンタはリリーに答えを返した。
「最初に鑑定した時、伝説級と言ったのを覚えているでしょうか? 一目見ただけでも非常に精巧に魔溝が彫られています。正直、これ程の品を見たのは、王宮に呼ばれた時以来です。そして、どちらも現代の魔法職人では手に余る魔道具です。調整するどころか破損させるだけの結果になるでしょう」
「王宮と言うと、あのローブと同等の価値があると?」
メラグラーナが興味深げに質問した。
「単純な比較は出来ませんが、魔力波長同期を付与出来る魔法職人が居ない現代では、この魔剣が大変貴重なのは事実です。――ただ適合者しか使いこなせないのが欠点ですが……」
「あー、まあ、この剣が呪いの品じゃなかった事が分かっただけで良しとするか……」
憑き物が落ちた表情でそう言ったマティアスだったが「相変わらず俺にとっては呪いだな……」と小さく呟いたのがピアンタの耳に入ってきた。
その後、幾つかの質問に答えていると、すっきりした様子のマティアスが話しかけてきた。
「――ピアンタ商会長。その……ありがとう。正直、魔剣の呪いがウチのメンバーに影響するんじゃないかってのが一番の気掛かりだったんだ」
少し素っ気無い態度で感謝の言葉を口にする表情は、整った容姿と相まって人間同士だったなら非常に魅力的に映っていただろう。
だからなのだろうか、ピアンタの口からこんな軽口が漏れた。
「では鑑定料は特別にロハにしますから、その代わりしっかりと働いて貰いましょう」
「えっ? ああ、そうだったな。剣の話ですっかり脇に逸れたが、俺達に取って有益な情報があるとか。どっちにしろ依頼は受ける事にするから、お互い腹を割って話そう」
マティアスの心変わりには多少驚いたが、話が早いのは助かる。ピアンタは早速、詳しい説明を始める事にした。
「そうですね。時間も限られています。マティアスを信頼して此方の情報は全てお話します。ただ、ここで知った事は他言無用でお願いします」
「勿論、依頼人の情報は洩らさないが。……その口調だと厄介事なんだろうな」
ピアンタは、商会員のノーチェが行方不明な事。身分を偽った三人組に攫われた可能性が高い事などを説明した。
途中、メラグラーナの補足が入り、好戦派などのカロージャ王国と猫妖精の国の内情に話題が移ると、流石のマティアスや隠されし守護者のメンバーにも困惑の色が広がった。
「正直、聞かなきゃ良かった。……まあ、そっちの事情は大体分かった。こっちも上手く立ち回るしかないな」
「皆さんは、深入りする必要はありませんから、アルヴァー氏と隊商員ノーチェの捜索に全力で当たって下さい。もしも何かあった時には此方で処理します」
メラグラーナの最後の言葉に僅かに殺気が混じっているのを感じ取り、他の面々は微妙な緊張を覚えた。
その中でも、一人トトだけは微笑を絶やさず静かに交渉が終わるのを待っていたが。
『なあ、同じ猫妖精でも山猫ってのは、ああも違うのか?』
マティアスが小声でリリーに囁いた。
『山猫は特別。大型魔獣相手でも一対一なら多分、負けない』
そんな二人の会話が聞かれていたのか、メラグラーナが二人に獰猛な笑みを一瞬見せた。
ピアンタは、そんなやり取りに呆れながらも、滞りなく契約は成立した。
ピアンタとマティアスはお互い立ち上がり契約成立の握手を交わす。
古くからの習慣を終えると、マティアスが自分の手をじっと見つめているのに気付いた。
ルーシェが声を掛けると、マティアスは意外そうな顔で答えた。
「いや、猫妖精とは初めて握手を交わしたが、やけに柔らかかったと思って。それに毛並みもさらさらしているのに少ししっとりもしていて、小さな真珠と呼ばれるだけはあるなと」
ピアンタは少し驚いて瞳孔が広がった程度だったが、ルーシェとリリーはマティアスに詰め寄って攻撃し始めた。
「マティ! 猫妖精の女性の毛並みを褒めるのは愛の告白と同じなんですよ!」
「え? ええ!? い、いや、そう言うつもりではなく」
「それ以前の問題。手が柔らかったとかリーダー、へんたい?」
二人に同時に責められ劣勢のマティアスに、ピアンタは助け舟を出す事にした。
「毛並みを褒める行為は、最近の王宮では挨拶の様になっていますし、こちらでもそれなりの期間生活していましたから、猫妖精の習慣に疎いのも理解していますよ」
ピアンタがそう言った事で騒ぎは収まったが、メラグラーナは処置無しといった感じで首を振っていた。
その様子から、ピアンタが相手のアプローチに全く気付いていない事が察せられ隠されし守護者のメンバーは生暖かい視線を向けたが、ピアンタはそれに気付かない様子で話を進めた。
「それでは、隠されし守護者の皆さん、ノーチェの足取りでも構いません。成果を期待しています」
「お話は纏まりましたか? 先生と先に合流出来ればノーチェさんの捜索にも手を貸してくれるでしょう」
トトはそう言うとベル紐を引いて職員を呼んだ。
「細かい手続きは任せて下さい。ピアンタさんも自分の商会のお仕事もあるでしょう。進展があったら此方から使いを送ります」
「それなら話を通しておくので、野営地の猫の玩具隊商本部の天幕にお願いします。商会長ピアンタにはこちらから連絡を入れるので」
「……なるほど。分かりました、ではそちらに使いを送ります」
トトとメラグラーナがお互い含みのある会話をした後、別れの挨拶を交わしていると、最初に案内してくれた受付嬢がやって来て深くお辞儀をした。
「お疲れ様でした。カンバー様は此方で書類の最終確認をお願いします。他の方々は案内の者が来るまで暫しお待ち下さい」
「じゃあ、俺達は早速、現地に行くが今日は下見程度に思ってくれ。安全を考えると、どうしても明日以降になる……」
マティアスが小声で囁いた。
「ありがとうございます。それで構いません」
「本来は、我々が動くべきなんでしょうが、隊商を危険には晒せません。しかし何か進展があれば、少数ですが人員を回せるでしょう。それに期待しています」
「ああ、分かった」
その後、案内役の職員にやって来るとピアンタは第二市街地側の玄関への案内を頼んだ。
「この後は少し早いですが昼食にしませんか? 学生の頃によく通っていた店が近くにあるんです。お手頃な価格で美味しいですよ」
「良いですね。……流石に保存食にはうんざりしていた所です」
メラグラーナの了解が得られた所で、かつてミラーレでの行きつけだった料理店へと向かう。
その時、ふと、ノーチェは食事を取れているのだろうかと考え足が止まってしまった。
「どうしました?」
心配そうに覗き込むメラグラーナに少しだけ笑いかけて呼吸を整えると、ピアンタはゆっくりと一歩踏み出したのだった。
※ノーチェが逃げ出し、アルヴァーが倒したジャウードは大型魔獣の中でも、やや小型の部類。





