第39話「魔剣・カールヴァーン」
「それでは改めて自己紹介します。私は猫の玩具隊商の隊商員でイリス商会の商会長ピアンタです。今回は『隠されし守護者』の皆様を探索者として雇いたいと考えています」
「……商会の名前と違うが、まあいいか。――依頼内容次第だが、その提案を受けたとして当然、先生の捜索後で構わないという事だよな?」
マティアスは警戒する様な態度で訊ねてきた。隣に座っていたリリーは何か言いたそうにしていたが、その前にピアンタがはっきりと答えた。
「いえ。こちらの依頼はアルヴァー先生の捜索と同時に進行して貰います」
「おい! それは無理だ。こっちは四人しかいない。――まさかメンバーを二手に分けろとか言わな――ぐっ!」
「リーダーは少し黙って」
脇腹に容赦ないパンチを放ってマティアスを黙らせると、どうやら交渉役は交代のようでリリーが口を開いた。
「同時に捜索って事は誰か森に入って戻って来てない? 二人分の足取りを追うのはこちらの負担が大きい。相手が猫妖精なら余計に」
こちらの状況を正確に把握してくる辺り、リリーは洞察力も優れていると感心しつつ交渉を進めていく。
「確かに二人分なら負担も大きいでしょう。しかし捜索の途中で偶然足取りが掴めたり、運よく保護出来るかも知れません。その時、今の契約内容で合意しておけば報酬を無駄にする事もないでしょう?」
「……それは、確かにそう」
今回は別の依頼人からの重複契約になる為どうしても優先順位が発生してしまう。別の依頼中にピアンタの依頼を偶然達成した場合、報酬の減額は避けられないだろう。
「それに今から話す内容は皆さんにとって有益な情報です。――情報は力……でしょう?」
ピアンタの言葉に『隠されし守護者』のメンバーは、それぞれ思考を巡らせているようだったが、マティアスが回復するより先にリリーが交渉を再会した。
「流石、大手商会は交渉が上手い。分かった。トトさんが連れて来たし貴方の身元も確か。その契約内容で話を進める」
その時、ようやくダメージから回復したらしいマティアスが会話に参加して来た。
「――いてて……おい、リリー、お前、俺を差し置いて勝手に話を進めるな……。ってイリス商会ってのは大手なのか?」
マティアスは周囲を見回したが他のメンバーは知らなかったらしく、メラグラーナ以外は同意しなかったので、リリーが説明を始めた。
「イリス商会は猫妖精の国では王室御用達として有名。それにミラーレに来ている猫の玩具隊商は、元々イリス商会が立ち上げた武装隊商の名前」
「マジかよ……」
これには、マティアスも含め他のメンバーも驚きを隠せなかった。先程から微動だにしていなかったタイエンでさえ目を見開いている。
「ピアンタさんは、そんな大きな商会の代表だったんですね」
ルーシェは純粋に感心した様子だったが、マティアスは不審げに問い質した。
「さっき自分の事を商会長と言ってたが、何でイリス商会なんだ? 商人の通例ならピアンタ商会じゃないのか?」
リリーが再度、急所を攻撃しようとし、それをマティアスが必死にガードしている様子を眺めながら、どう説明しようかとピアンタが思案していると、意外な人物が説明を始めた。
「ピアンタさんは、故イリス・カタルティロイ女卿の御令嬢で唯一の忘れ形見になります」
トトの言葉に場の空気が一瞬静止し『隠されし守護者』のメンバーは驚きの表情で固まった。
そんな中、ピアンタはすぐさま持ち直しトトを凝視した。
その視線に気付いたトトはにこやかに微笑み続きを語った。
「すいません。失礼とは思いましたが、猫妖精の国について事前に調べて欲しいと依頼があって、その時に知りました。あちらでは常識でもミラーレでは猫妖精の国や隊商の事はあまり知りませんから」
「――そうだったんですか。確かに母は本国では有名でしたが、こちらでは殆どの方が知らないようでしたから。……驚きはしましたが」
この言葉に不思議な様子で首を傾けていたトトだったが、
「ピアンタさんも有名ですよね? イリスさんの渾名が陸の真珠で、その娘さんが小さな真珠と呼ばれているって聞きました。ピアンタさんの事ですよね?」
「え、ええ。確かにそう呼ばれてはいますね……」
自分の渾名を確認される羞恥を顔に出さず、出来るだけ冷静に答えたつもりだったが動揺が声に出てしまっていた。
ただ、幸いな事に他の面々には気付かれていない様で、ほっと胸を撫で下ろしたピアンタだった。
「最初から気になってた。護衛の猫妖精の人」
その時、リリーが唐突にメラグラーナに声を掛けた。
「私ですか?」
「ずっと気になってた。武装隊商の時は、王国の山猫の兵士が護衛してた」
「良く御存知ですね」
「出身が帝国だから。でも今の隊商は、護衛は人間の国から雇ってる」
一呼吸置き、メラグラーナや他の皆も注目する中、リリーは自分の結論を口にした。
「メラグラーナさんは、王国の兵士。衣装も豪華だから、多分、地位もある」
中々の観察眼を発揮したリリーだったが、上には上が居たようだ。
「メラグラーナさんの緑を基調とした衣装は近衛兵のものだと思います。実物を見るのは初めてですが」
トトの言葉に驚きつつも、リリーを含め全員がメラグラーナに注目した。
「確かに、私は猫妖精の国の派遣近衛兵として、猫の玩具隊商の護衛隊長の任に就いています……が、しかし良く分かりましたね」
特に隠す様子も無くメラグラーナは答えた。
隊商の創設者の忘れ形見に、王国の近衛兵かつ護衛隊長の護衛。
想像以上の組み合わせを前に微妙に重い空気が流れる中、マティアスがばつが悪そうに頭を下げた。
「――その、悪かった。正直、仕事に急に割り込まれた上に、ルーシェを詮索していたから……気が立っていた……かも知れない」
彼の態度に思う事がない訳ではないが、幾ら組合に管理された傭兵とはいえ荒事を生業としている以上、素行の悪い人物というのは一定数存在する。
ただ、目の前で反省の様子を見せるマティアスは、整った容姿と身形。そして何より洗練された騎士の礼が高い教育を受けていたと確信させる――それに……。
ピアンタはちらっと壁際に設置されている木製の武器置き台に視線を向けた。
実は部屋に入って来た時から、ルーシェの次に気になっているものが立て掛けてあるのだ。
ピアンタの視線を追う様に他の面々も自然と視線をそちらに向けた。
「あの魔剣はマティアスさんが使用される物ですよね?」
「あ? ……ああ。そうだ……が?」
唐突な話題の転換に付いて行けず惚けた感じで答えたマティアスだったが、直後、目を見開き驚きの表情になった。
すると、後ろで様子を窺っていたメラグラーナも話に加わってきた。
「私も、あの剣は気になっていました。剣の造りが広場にあった騎士の大理石像と同じですよね?」
この言葉にはピアンタの方が驚いたが、だとすれば目の前の人物は記念塔になるような偉人の縁者という事になる。
「此方としてはお願いする立場ですから無理にとは言いませんが、依頼人としては契約者の素性を明らかにしてくれた方が信頼も出来るというものです」
その言葉にマティアスは迷っていた様だったが、他のメンバーは微妙な視線を向けている。
やがて、腹を括ったのか、髪が乱れるのも構わず頭を掻きながら自らを語った。
「あー、俺のフルネームは、マティアス・ウィンズナィ。像のモデルは確かに俺の爺さんの爺さんの……まあ、ご先祖だが、俺は家とは関係ない……あの剣『カールヴァーン』は継いだけどな」
「ウィンズナィ家ですか? ……確か何処かで聞いた様な記憶はありますが」
「その家名なら知っていますよ」
ピアンタは思い出せなかったが、ミラーレは初めての筈のメラグラーナには心当たりがあるようだった。
「ここ、ミラーレ傭兵組合、組合長の名が、バーレント・ウィンズナィです。昨日、挨拶にお見えでしたよ」
「親父に会ってるのかよ……」
マティアスは遣り難くなりそうだと云った感じで呟いたが、気を取り直したのか、ピアンタに質問をぶつけた。
「どうして、あれが魔剣だと気付いた? 魔溝や水晶体は鞘に収まっている限り隠蔽されて見えない筈だ」
どう答えようかとピアンタが迷っていると、ルーシェが控え目に答えた。
「あの、ピアンタさんが掛けている片眼鏡から強い魔力を感じます。おそらくそれで魔力を観ているんだと思います」
「魔力の観える魔道具かよ!」
マティアスが思わずといった感じで叫んだが、次の瞬間にはリリーによって、またしても沈黙させられた。
「ええ、ルシエンさんの言う通り魔力が観えます。魔道具の買付けに便利ですから……。それで私の観た限り確かに外見上は隠蔽されていますが、柄の部分から魔力が漏れ出ています。……逆に鞘からは何も観えません。かなり強力な魔力遮断素材で出来ていますね」
「いてて……おい、リリー! 仕事に差し障るからこれ以上はやめろよ? ――しかし見ただけで、そこまで分かるのかよ」
「少し興味があります。剣身を見せてもらっても?」
「……ああ。まあ構わないが剣には触るなよ?」
そう言うと、タイエンに目配せして、カールヴァーンを取りに行って貰っていた。その時、タイエンは柄に触らないように注意を払っているのが見て取れた。
タイエンから剣を受け取ったマティアスは、おもむろに剣を抜くと慎重にテーブルの上に置いた。
「さっきも言ったが剣には絶対に触らないでくれ。それで何かあっても責任は取れないからな」
「え? ええ。分かりました」
マティアスが剣を鞘から抜いた時から感じていたが、凄まじい魔力の流れが切先に向かって流れて行くのが観える。剣身の中心に沿って複雑な魔溝が刻まれているのが見て取れ、ピアンタはそれを宙でなぞる様に手で追っていった。
「商会長ピアンタ。何か分かりましたか?」
思いの外、声が耳元で聞こえてきたかと思えば、興味深げに覗き込むメラグラーナが居た。
「ええ。一般的な魔剣と違い、魔力を使い切るまで切れ味が強化され続ける仕様ですね。後は切先から魔力を放出する仕掛けがあります。使用回数は三回。これは伝説級の武器ですね」
メラグラーナは高揚した様子で魔剣を眺めていたが、マティアスは逆に青ざめた様子で呟いた。
「冗談だろう? 見ただけで、カールヴァーンの特性を知られちまった……」
そんな様子のマティアスを何とはなしに見ていると、ふとルーシェに視線が引き寄せられた。
!? ピアンタは彼女の左腕に巻き付く様な魔力の流れを感じ取り思わず凝視した。それに気付いたルーシェが左腕を抱えるように隠すと、途端に魔力を感じられなくなった。
此方を伺うような視線を向けてくるルーシェに思わず視線を逸らすと、ほっと安心するような気配が感じ取れた。
視線を戻す気にはなれなかったピアンタだったが、それまでの光景は目に焼き付いて離れなかった。
『左手首に嵌めていたのは魔力遮断リング? 魔法使いである彼女が何故? あれでは魔法行使に影響が出る筈なのに』
ルーシェの事は気になったが、これ以上踏み込むのは不味いと思い、カールヴァーンの話題をマティアスに振る事にした。
「先程から、剣に触らないようにと仰っていますが、触ってしまうと何か不味い事が起こるのですか?」
「――えっ? ああ、コイツは所謂、呪いの魔剣って奴でもあるんだ。正統な持ち主じゃなきゃ拒絶されるか衰弱してって最悪、死んじまう」
それで必要以上に注意していたんだと理解したが、同時に疑問も生まれた。
「その正統な持ち主がウィンズナィ家だとして一族でも適正に差が出るのですか?」
「……ああ。俺は三男だが、上の兄貴達はあまり適正が無かった。全く使えないって訳じゃないけどな」
「なるほど……」
「しかし呪われているとはいえ、これ程の魔剣です。何としても手に入れたがる輩は出てくるのでは?」
メラグラーナの最もな疑問に対しマティアスは難しい顔をすると内情を語った。
「――実は、この剣の盗難騒ぎは一度や二度じゃないんだが、その都度、盗人含め所有者が不幸に見舞われて、結局、家に戻って来ちまう。……呪い以外の何物でもないだろ?」
マティアスは少々苦々しくカールヴァーンを見つめた後「もういいだろ?」と言って
剣を鞘に収めようとした。
「あっ! 少し待って下さい」
「なんだ?」
訝しげな表情を見せたマティアスだったが、それには構わずピアンタはもう一度、魔剣をテーブルに置くよう指示した。
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