第34話「小さな真珠ピアンタ」
「話は変わるが、お嬢さんはカロージャ王国をどの程度知っているかな?」
キアシュ卿からの唐突な問いに多少戸惑ったものの、ピアンタは隣国の知識を記憶から掘り起こしていく。
「元々は鉱山都市だったと記憶しています。紛争中の鉱物輸出で財を成した当時の領主が、帝国の公爵家の姫を王妃として迎える形で成立したと」
「ウチの周りは小国家が乱立しているからな。帝国はこの上ない後ろ盾だった訳だ。……他には?」
「……他ですか?」
キアシュ卿が求める答えは別にあるらしいと目星を付けたピアンタは暫し考え込む。
「領土は広いですが、農耕に適した土地が三割程しかなく殆どは荒地か山岳地ですね。――主な産出品は鉱物資源と岩塩。ただ、岩塩はともかく鉱物全般の取引は近年減少傾向にある、……昔ほどではないにしても需要はある筈。つまり採掘が困難になっていて、新たな鉱脈が見つかっていないのでしょうか?」
「その通りだ。荒地を開拓しようにも塩分を含んで雨も期待出来んとなればやるだけ無駄だな」
「――自国の財政難の話題をそのように話されるのは信用されているという事でしょうか?」
「隠した所で意味はない。実際、取引は減ってるんだしな」
どうやらキアシュ卿の求めには応じられたようだが、まだ話が繋がっていないように感じた。
「それでカロージャは隊商の護衛任務を?」
「流石に全ての穴埋めまではいかんが、猫妖精の国が規模を拡大すれば、こちらも儲かる。最早、共存関係といってもいい。……だがそれを快く思わん連中も居るって事さ」
成程、ここで話が繋がるのかとピアンタは思った。
「つまり、周辺国家の何れかの妨害があり得ると?」
「あくまで可能性の一つとしてだがな。今のカロージャの傭兵組合は仕事を求めて傭兵どもが集まってる。周辺諸国は警戒を強めて何人か送り込んで来てるな。この隊商にも居る位だ」
「っ!?」
思わず声を上げそうになったピアンタだったが、何とか思いとどまった。
それを見たキアシュ卿が目配せするとブライン卿が説明を始めた。
「現在、確認されているのは、三カ国、八名ほどです。他に同行商人が若干名、護衛も含みます」
「奴等以外に正式な連絡員が居るが慌てて接触を図っていたぞ。――まあ、あの感じだと白だろうな。猫妖精を狙えば猫妖精の国と直接敵対する事になる。……実力は未知数だが、少なくともそっちの護衛隊長や山猫の兵士達は名の知れた存在だ、その実力もな」
キアシュ卿が視線を向けると、メラグラーナは僅かに好戦的な笑みを浮かべた。
「我々としては人間国家とは友好的に事を運びたいのですが、敵対するというなら容赦しません。幸い帝国と連邦とは友好な関係を築いています。問題ないでしょう」
「こちらの問題は、カロージャ内部にも好戦派がいるって事だ。肥沃な土地の確保はカロージャの悲願でもあるからな」
キアシュ卿の発言にブライン卿が驚きで眼を見開いたが、ランダは逆に眼を細めた。
この様子からお互い好戦派の存在は周知のものだったのだとピアンタは感じた。
「彼らだった場合は少々厄介だね。カロージャ側で処分してくれると良いんですが」
ランダの発言は要らない物を処分するような気安さだった。
「アレはアレで役に立つんだが、最悪、何人かの首を挿げ替えなくちゃならんかな? それにミラーレの拡大を望んでいないヤツらの可能性もある……」
誘拐犯の背後関係をどうにも絞り込めずもどかしい空気が流れた。
その流れを変えたのはピアンタの一言だった。
「そちらが動けないようですので、こちらは独自に捜索します。森林地帯に詳しい人物に心当たりがありますから。……構いませんよね?」
「――留学はしてみるものだね。出来れば君には大人しくしておいて欲しいんだが、此方の護衛を付けるなら許可はするよ」
「ありがとうございます。では早朝、南門の開放を待って訪問してみようと思います。……護衛は今から?」
「いえ。イリス商会の方にはもう付けてあります。早朝、此方にお越しください」
ブライン卿の言葉を受けると、ピアンタは商人式の礼を執り退出した。
ピアンタが衝立の向こうに消えると、後ろに控えていたメラグラーナが呆れたような口調でランダに問い掛けた。
「どうするんです? 随分と嫌われてしまいましたが。昔は隊商長もイリス隊長には随分お世話になっていたというのに……」
この言葉に何時も余裕の笑みを浮かべているランダも頬が若干引き攣っていた。
「そうかな? でも後半は余裕が生まれたようだから結果としては良かったと思うよ」
「ハハハッ。猫妖精の恋愛には疎いが、隊商長はまるで獲物を狙う肉食獣のような表情だったぞ」
キアシュ卿の言葉に今度こそ固まるランダだった。
「恋愛うんぬんは置いておくとして、純血の平原猫の視線は町猫には威圧感を与えますよ」
「ハーーーーッ。終わった事をあれこれ言っても仕方ない。今回の件が無事片付いた後にでも改めて誘うよ」
ランダは随分イリスに懐いていたから、姿の似ているピアンタが気になるのだろうか? ただメラグラーナには焦らすような態度の理由が知りたかった。
「……何故、隊商員ノーチェの捜索に全力を尽くすと言わなかったのです? そうすればもう少し友好的に接して貰えたのではないですか」
「ああ、それはね……」
ランダは秘密を語る少年のように囁いた。
「知っているかい? 彼女が感情的になると僅かだが毛並みが虹色を帯び、まるでイリスさんのような美しい真珠色になる事を」





