第31話「カタルティロイキャラヴァノ」
交易都市ミラーレ。今では中央連邦の中でも、有数の大都市に発展しているが、かつては、帝国との境界線上にあった、ガイエンフォールと呼ばれた王国の城砦だった。
その後、補給の必要性から都市機能を追加する為の城壁が追加され、城塞都市として機能し始める。城砦は改築後、ガイエンフォール城と名前を改め都市の象徴的存在となった。
やがて、王国と帝国の紛争が長引くと、両国ともに内部紛争に発展し地方領主が相次いで独立を宣言。それに周辺国家が介入し戦乱の時代に突入する。
その頃には、内紛の処理に忙殺された帝国による王国への侵攻は停滞。
結果として、王国の局地にあった城塞都市は安全地帯となり、各地から避難民が集まる事で、人口が急激に増加していった。
時代が移り、かつての王国を中心とした国家間同盟が成立すると中央連邦が誕生、分裂状態だった帝国と和解し休戦協定を締結するに至った。
その後、幾つかの取り決めが成され、当時の王国国王の弟君であったミラーレ公爵がガイエンフォール城に入城し、城塞都市をミラーレ領とし領主に就任した。
当時のミラーレ公は、都市から溢れ外縁部に広範囲に広がっていた居住地の整理と、住人の安全確保を名目として、第二の城塞の建築を宣言。
ミラーレと周辺都市の商業協会や商業組合など商人達に協力を打診した。
見返りとして、協会会館の建設や関連施設の設置、交易における優遇措置などを約束したとされ、現在の交易都市としての基礎を築いた。
現在は、ミラーレ発展に多大な貢献を成した人物として、広場に記念塔が設置され、人々の崇拝の対象になっている。
現在のミラーレは、交易都市として益々発展しているが、かつての人口問題も同時に抱えており、第二城壁の外側に居住地が広がり、それが年々拡大している状況だった。
そんな居住地の端から5トール(約250m)ほど離れたミラーレの南門街道沿いに、猫の玩具隊商は夕刻に到着し、今は野営の準備と、天幕を張るのに余念がなかった。
隊商が野営する場所は、ミラーレ南西部に広がるロパロット平原と呼ばれている広大な放牧地の一角で、ミラーレ滞在中は各隊商員は、一部の例外を除き、基本、この野営地を拠点として活動する。
これは、ミラーレが猫妖精の隊商の都市への受け入れを拒んでいるといった事ではなく、単純に、現在のミラーレには、大規模な隊商を受け入れるだけのキャパシティが無いといった現実的な事情によるものだった。
事実、最初の隊商の時には、大規模な歓迎式典がミラーレ中央通りで催され、隊商長を筆頭とした使節団がミラーレ公と謁見し、国交を樹立と貿易開始の宣言を行なった。
だが、次の隊商以降、それを聞き付けた周辺都市の商人達が挙ってミラーレに押し寄せると、都市の宿泊施設が軒並み満室となり、ちょっとした混乱となった。
受け入れ側が混乱する中、隊商が預けていた輓獣が盗難に遭うという事態に至り、改めて双方で協議が行なわれた結果、ロパロット平原の一部を開放し、ミラーレ側がある程度、野営地に付いての便宜を図るといった形で落ち着く事となった。
猫の玩具隊商の本部として、隊商長が利用する天幕は、ミラーレ側が予め用意し設営を終えていたもので、遠征時に将軍や王族も利用する豪奢なものだった。
この事からも隊商が如何に重要かが窺い知れる。
ピアンタは、そんな周囲より一際大きな天幕の前に来ていた。
天幕には、早くも、猫妖精の国と猫の玩具隊商の紋章が掲げられており、先行していた使節との渉外が終わり引継ぎが既に完了している事を知らせていた。
また、ミラーレ公家の紋章旗と、それを支える支柱が天幕に沿う様に入り口の左右に配置されていた。これは同盟関係を示す古くからの仕来りで、王国が権勢を振った時代には、巨大な天幕の左右に、無数の紋章旗が掲げられていたという。
猫の玩具隊商の天幕には、ミラーレ公家の他に、護衛任務を請け負っている、カロージャ王国の紋章旗が並べられ、同じ意匠の胸当てを装備した二人の歩哨が立っていた。
彼らは、傭兵組合経由で派遣されて来た、カロージャ王国の正式な兵士で、将来を嘱望された騎士候補として、経験を積ませるという名目で今回同行したという話だった。
二人は、ピアンタに対し右手を胸に当てる騎士式の礼を執ると、一人が天幕の中に入り、もう一人がピアンタに対応した。
「イリス商会のピアンタ様ですね。隊商長は現在、護衛隊長と打ち合わせ中です。暫くお待ち頂くかも知れません」
その兵士は、僅かに身を屈め声を潜めると、ピアンタを気遣う様子で、
「――お話は伺っております。……どうかお気を落とさぬよう」
そう言った兵士は洗練された柔らかい物腰で、有望な騎士候補という言葉に納得するのだった。
「…………お気遣いありがとうございます」
ピアンタは辛うじて呟くように返事を返すと、そのまま固く口を引き結んだ。
天幕の入り口は大きく開放されているが、視線が通らない様に木製の衝立が立てられており、そこに猫妖精の国の国章旗が掲示されていた。
これは、天幕の中では猫妖精の国の暫定領地としての法が適用されるという意味で、猫妖精の立場なら、緊張こそすれ安心感を覚える旗なのだが、今のピアンタの心境では、自分を断罪する場への境界線のように感じられた。
ピアンタがじっと待つ間にも、天幕から忙しなく同胞や人が慌しく出入りしている。中には一瞬、好奇の視線を向けてくる者もいたが、ピアンタは国章旗を睨むようにして正面を向き続けた。
どれ位そうしていただろうか? 何時の間にか周囲は静かになり、設置されていた魔力灯の光が目に付くようになってきた。
「お待たせしました。どうぞ中へお入りください」
何時の間にか戻ってきて来ていた歩哨の兵士に促され、ピアンタは我に返った。相手の様子から、思っていたほど時間は経過していなかったらしい。
ピアンタは片眼鏡の位置を直すと、天幕の中に足を踏み入れた。
輓獣 = 馬車や荷物などを牽引する使役動物。馬の他、ファンタジー生物なども。





