第30話「旅立ち――」
ノーチェは、その後も剣鉈を数回振ると、細かい造りを見たり、自分の爪を少し切る事で切れ味を確認したりした。
「これは、良い物にゃ! 正直、国で作ってる刃物の出来はイマイチなのにゃ。隊商で、武器も取引したいと思ってるんだけど、それは難しいのにゃ」
詳しく話を聞くと、武器の売買には傭兵組合発行の許可書が必要になり、しかも、貿易品として他国を跨ぐ取引の場合、具体的な数量の申請も必要になり、その申請も通るまで数ヶ月かかる事も珍しくないらしい。
そのため、一ヶ月程度しか滞在出来ない隊商での取り扱いは極めて難しいとの事だった。
「傭兵組合は、その性質上、領主やミラーレ議会管理下の下部組織という位置付けになっている。武器の取引は政治も絡むため、事前の根回しは必要だろうな」
アルヴァーは、優希の疑問に答えつつ購入品をバックパックに詰めていく。
「陶器やガラス製品は念のため、このプチプチのシートに包んで下さい。あっ、ワレモノの輸送はどうしましょう。誰かが纏めて持っていきますか?」
「それでもいいが、万が一があった場合、全て破損してしまう危険もある。今回は見本なのだから、均等に分配するのが良いだろう」
ノーチェは、プチプチシートに興味シンシンだったので、優希は、潰して遊ばないように予め釘を刺しておいた。プチプチつぶしには中毒性があるから……。
そう思って、ノーチェに注目していると、どこからか持って来ていたメイド服を荷物として詰め始めた。不思議に思って優希が聞くと、
「ピアンタの許可はまだだけど、仮にでも既に広瀬館の従業員にゃ。自分の所属をハッキリさせるのと、ちょっとのハッタリのためにも、きっと必要になるはずにゃ!」
そう言って、ニヤッと笑うノーチェだった。
そうして、しばらくの間、購入品の分配作業をしていると応接室の扉が開いた。
「明日の準備は捗ってるかい? 適当な酒を見繕って来たぞ」
ゲンさんが、そう言いながら酒瓶の入ったケースを持って入ってきた。
「ウイスキーとブランデー。後は迷ったが日本酒にしといた。まあ、手頃な値段でボトルが凝ってるやつだな。メーカーの試飲用の小瓶も幾つか持ってきたから、その場で飲ませるなり賄賂で渡すなりしてくれ」
ショットグラスも4つテーブルに置くと、ゲンさんはアルヴァーに近付き、こっそり、スキットルを手渡した。きっと、ゲンさんオススメのアルコールが入っているのだろう。アルヴァーは、僅かに微笑みながら受け取っていた。
優希は、アルヴァーならアルコールで失敗する事もないだろうと、大人の楽しみとしてスルーする事にする。
そして、アルコールの箱を含め、全ての販売品を詰め終わると、明日に備え早々に解散する事にした。
翌日、広瀬館の面々は早めの朝食をとっていた。メニューは、プレーンオムレツに厚切りのベーコンとソーセージ。彩りの美しいサラダに、バターの香り高いクロワッサン。カットフルーツの盛り合わせに、オレンジジュースか紅茶といった、シンプルだが朝から身体が求めるような内容の食事だった。
別のテーブルには、昼食用のサンドイッチと、魔法瓶には熱いお茶が既に用意されていて、朝食後、すぐにでも出発が可能な状態になっている。
三人は、心持ち急いで食事を済ませると旅支度を整える。お互いの装備を確認し全ての準備が整った頃には、撫子と榛名ちゃん、それに加也も見送りのために広瀬館の玄関に集まっていた。
昨日に続き改めて各々が言葉を交わした。ただ、出発時に見送り組が一列に並ぶと、旅館のお見送りのように「いってらっしゃいませ」と揃えて頭を下げたのには、ちょっと笑ってしまった。
きっと、緊張を解す目的なのだろう。
「行ってきます」「任せておいてくれ」「売ってくるにゃ」
三人は、微笑みながら声を掛けて出発した。
その後は、早朝の冷たいが清々しい空気の中、言葉少なに広瀬村の外れを目指した。昨日の話し合いで、川沿いに下るルートが決定され、アルヴァーやノーチェが村に入ってきた場所から村の外に出る事になった。
一昨日、優希とアルヴァーが初めて出会った場所を通り過ぎ、少し歩くと、視界が唐突に霧に巻かれて白く染まった。ここが村と異世界の境界線の霧の結界だとすぐに理解出来た。
三人は、ここで一旦足を止めると、お互いを見失わないようにギリギリまで近寄った。
「この霧を抜け川沿いに進めば半日程で森を抜けるはずだ。途中、この土地から放出されている魔力に引き寄せられた魔獣と遭遇する可能性もあるが……」
「にゃにゃ! 大丈夫かにゃ~……」
「幸いにも川に流されている魔力が、魔力感知を阻害している。魔獣がその水を摂取するか、こちらを視認さえしなければ、川沿いを進む限り相手に気付かれる事はないだろう」
「なら一安心にゃ。隠れるのは得意だにゃ!」
「……分かりました」
何もなければ半日程度の行程だが、未知の世界への期待と少しの不安、そして魔獣というまだ見ぬ怪物といった存在から、知らず緊張していたようだ。
そんな時、白い視界の向こうから、力強よさを感じさせる手が優希の肩に置かれた。
「心配しなくとも交渉は上手く運ぶ。魔獣についても、昨日の実力の一端を示すだけでいい。まずはこちらの世界を楽しむ事だ」
アルヴァーの言葉に頷く事で答えた優希は、意識して大きく深呼吸をして肩の力を抜くと、アルヴァーとノーチェに視線を向け出発の合図を告げた。
「それじゃあ、行きましょう!」
そうして、優希は未知の世界に一歩踏み出した。
※スキットル = スキットル ヒップ フラスコ。洋画で御馴染みの懐から出す金属製のアルコール入れ。
【第1章】はここまでです。お付き合いありがとうございます。次回からは、
【第2章】二人の魔法使い 編になります。





