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~ファンタジー異世界旅館探訪~  作者: 奈良沢 和海
【プロローグ】現実と異世界の狭間
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第3話「鳥居ダム」

 重厚な金属製の扉の前で、優希はしばしボーゼンとしていた。

 祖父からの電話では、ここから、……多分ここから入るのが村への近道という話だった。

 一応、変だとは思って事前に何度か確認したから間違いはないはずなのだが、実際に目の当たりにすると違う感想も洩れると言うもの。

 つまりは、


「いくらなんでも、ここは違うんじゃないかな?」


 と、いったごく当たり前の結論だった。

 改めて周囲を見回すより先に感じるのは、圧倒的とも言える圧迫感。視界に入る全てはダムのコンクリート壁。もっと言うなら大量の水を貯水するためにせき止めている提体(ていたい)と呼ばれるダム本体そのものだ。

 足下も一面コンクリートで、今立っている所からは排水口らしきものは見えるものの、排水した水を流すための排水溝がここからは見えないため舗装というより明らかにダムと同じ厚みがあると思われる。そして、ここはダムの底当たる部分で……、


 どういうことかと言うと、つまるところダム本体に直接ついている扉だ。

 ダムの傾斜に対応するように少し内側に成型されて外部からは分かり難くなっているものの、扉を潜り真っ直ぐに進めば明らかに向こうは水面下で、しかもダム湖の湖底はもう少し下だと思われるぐらいの位置の……、


「これは、いわゆるメンテナンス用とかの扉なんじゃないだろうか。ダム関係者以外立ち入り禁止のたぐいの」


 そう、明らかにダム関連施設だった。なぜなら扉の上部に監視カメラも設置されていたから。


 しばし魂を飛ばしぎみの優希だったが、少し辺りが薄暗くなってきたのを感じると慌てて次の行動を考え始めた。とりあえず、こちら側から開けるのはかなり躊躇われる威圧感すらこの扉からは感じる。


 まずは、スタンダードにノックしてみるのはどうだろう?

 向こうに人がいれば気づいて開けてくれるかもしれない。しかし、この鉄製の扉、サビが浮くような薄い感じでも、防火扉のような厚みがあって塗装してあるようなものでもなく、何というか銀行の金庫室にあるような、いかにも金属のカタマリを削りだした的なこれぞスチール!といった感じの扉なのだ。

 ……実際、軽く叩いてみたが、音が響かないどころか逆に手が痛くなる始末だった。


 次は監視カメラに向かって何かアピールしてみるのはどうだろう?

 最悪不審者として事情を聞かれるかも知れないが、夜になっても気付かれないのも逆に問題だ。まだ春先とは言え、この辺りは夜はずいぶん冷えるのだった。

 ……とりあえず、控えめに手を振ってみた。


 監視カメラに呼びかけてみる?

 でも監視カメラに集音機能というかマイクが付いているのかがちょっと疑問だった。場所的に放水すれば大きな音が出そうだし、そもそも監視カメラの監視員というか監視員室ってモニターの向こう側の音を聞いているものなのだろうか?

 ……海外の映画やドラマなんかだと音楽を聴いたりドーナツを食べたり、映っている映像に気づかなったり、たまに殺されたりもしていた……。どちらにしろ向こうが気付いてくれないことには始まらない。


 もう素直に引き返す?

 確か降りたバス停はダム管理所前だった。この手の施設なら24時間体制だろうから誰かしら人が居るはず。そう考えると数歩下がって今さっき降りてきた来た道を見上げてみた。それだけで首が痛くなってくる位だから、堤高(ていこう)つまりダムの高さは100m以上ありそうだった。しかもダム管理所は反対側にあるので、ただでさえ重い荷物を思うと余計にゲンナリしてくる。


 と、ここで優希に天恵(てんけい)が閃いた!?

 文明の利器、現代科学の最先端を往く携帯端末つまりスマートフォンの存在に気付いたのだ。

 ……むしろ遅すぎる位だった。早速取り出してみた。


※「ユウキはスマホをつかった」

  だがこわれている。


 一瞬、そんな感じのウィンドウの出現が脳裏によぎったくらい絶望してした。スマホケース何それ?ってくらいに液晶画面が割れていたのだ。これは、そう、あの時だバスを降りるときに強かに胸部を強打したときに巻き込まれたに違いない。

 だが、しかし、諦めるのはまだ早い。ガラスが割れても中身が無事なら動くじゃぁない? ただ、不用意に電源を付けてバッテリーが引火したら目も当てられないため、優希は慎重にフレームの歪みを確認して、少なくとも肉眼では大丈夫そうだったので、おそるおそる電源をオンにしてみた。


「ふうっ、とりあえず中身は大丈夫そうだ」


 ほっと一息つくと、画面が割れているため、そっと、より慎重に画面をフリックすると祖父に電話することにした。

 だが、次の瞬間、またしても優希に絶望が襲ってくる。


「……圏外(・・)だここ」


 電波届けとスマホを高く掲げてみたが、


※「ユウキはふしぎなおどりをおどった」

  しかしなにもおこらなかった。


 さらに、電波届けと割れた画面を見つめながら、祈り ささやき 詠唱 念じろ! と蘇生のネタを呟いたとき、画面がフッと消えた。


 ユウキのスマートフォンはロストしたらしい。


 虚しさだけが優希の心を満たしたとき、それを見透かしたように金属製の扉が大きな音を立てながら開き始めた。


 突然のことに思わずビクッとしてしまった優希だったが、その重い扉が開くにつれ何ともいえない表情になっていった。外開きの鋼鉄製の扉は予想通り1m近い厚みがあり、手動での開閉は苦労するだろうと思われたし、挟まれたらもれなくぺしゃんこだろう。そうちょうど扉のそばに置いたままだった食材のたっぷり詰まったクーラーボックスだろうと。


 慌てて引き寄せた。幸い底の方に少々引きずった跡がついた程度だったので、まあ大丈夫だろう。


 やがて、開いた時と同様に大きな音を響かせて扉は開ききったようだ。開いた扉とコンクリートの隙間はそれなりに開いていたので、それほど慌てなくても大丈夫だったらしい。人が挟まれたら大変だからかも知れない。


 扉の奥を覗いてみたが、やはりというか人はいないようだ。ということは扉の開閉を操作したのは監視カメラの向こうの人物らしい。


 これまでの散々な痴態の数々に、思わず抗議の意味も込めて監視カメラを睨んだが、良く考えたら今もあちら側はこちらをモニター越しに見ている訳で、もし逆の立場だったら自分はひどくマヌケかも知れない。録画とかしているんだろうし恥を晒すのは止めておこう。そう思うと急に恥ずかしくなり、監視カメラの前から消えたくなってきた。


 急ぎ荷物を抱えると飛び込むように中に入った。


 扉の奥は工事現場などに見かけるようなカバーに保護されている電球の光で照らされていた。LED電球ではない暖色系の照明がより薄暗さを強調させている。ただ手前しか点灯していないらしく10m先より先は全くの暗闇だった。


 明かりの届く範囲でしばらく佇んでいると、まるで閉じ込めてしまおうといわんばかりに鋼鉄製の扉が閉まり始めた。内側では反響によってより大きな音を立てて扉が閉まっていく。後ろを振り返った優希は完全に閉まりきるまでじっと扉を見つめ続けた。


 ひと際大きな音を立てて扉は閉じるのを確認して、優希が正面を向くと「カッ」「カッ」という音とともに照明が次々点灯していった。ただ長く続くと思われたそれはあっけなく終わりを迎えた。30m程先に新しい扉で通路が分断されているようだったからだ。今度の扉は入り口と違い、潜水艦の水密扉のような構造で通路全体を金属製の隔壁で区切ったような造りのようだ、扉の中央には巨大なハンドルがありこれを回せば開きそうだった。


 足下に気をつけながらゆっくりと扉の前まで移動すると、若干躊躇ったがそろーりとハンドルに手を掛けようとした。あと少しで掴めるという所で、急にハンドルが回転しだした。慌てて手を引くと「ガン」という乱暴な音がして、こちらの扉もゆっくりと開いていった。


 これは何かの嫌がらせなのだろうか? 辺りを確認すると案の定、監視カメラが設置されていた。


 足下に注意して扉を潜ると同じく次々と照明が点灯していく。ただ先ほどと違ったのはいつまでも音が鳴り止まないことで、通路自体は照らされても向こう側は確認出来ない程だった。


 最初はおっかなびっくり歩を進めていた優希だったが、慣れか、はたまた荷物が重いことで効率よく進むことを学習したのか足取りも落ち着きを見せていた。だが、新しい扉を抜けた先のトンネル状の通路は、微妙高低差やカーブなども多く、狭い通路の圧迫感や、湿度の高さ、空気が停滞しているような不快感が疲労とともに表に出てきて、その歩みを遅いものにしていた。


 やがて時間の感覚が曖昧になってきた頃、ついに前方に扉が見えてきた。


 今度の扉は、今までの二枚の扉の丁度中間のような仕様で、水密扉のように中央にハンドルはあるものの扉やヒンジなどの構成部品がとにかく分厚く造られていて多少のことではビクともしないだろうと思われた。

 今までのこともあり少々警戒してたが、近づく前から扉が開き始めた。


 やがて重厚な扉から白い光が漏れ出てくると中の様子を窺い知ることが出来た。

 この先はもうコンクリート打放しの通路ではなく、何かの施設に直接繋がっている扉だったようで、左に繋がる通路の側面に設置されているらしく目の前に白い壁が見え、床は乳白色のリノリウム独特のツヤを感じさせた。


 優希は通路の終わりにさしかかると、少し上を向いて監視カメラがあるのを確認してみた。


 だが、すぐに視線を扉の奥に向けると、何かを決断するかのように一歩を踏み出すのだった。

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