第29話「中華ディナーと狂戦士ノーチェ」
広瀬館に帰ってきた優希は、早めに入浴を済ませ、夕食の席に着いていた。
今夜は今朝と同じメンバーに加え、荷物を届けに来た加也も加わり、計八人と随分と賑やかな食事になった。
今日の夕食は中華で、定番の大皿料理や蒸篭を使った蒸し料理が並べられ、それぞれ思い思いに料理を取り分けていた。
「広瀬館の食事も久しぶりだけど相変わらず美味しい――」
加也はそう言うと、大振りな焼売を頬張ってウンウンと頷いた。焼売の上には、これまた大きなグリーンピースが乗っているものと、小エビが具に埋もれているものがあって、どちらも湯気を上げて美味しそうだった。
優希はグリンピースが乗っている定番ものが好みだったので、そちらに手を伸ばした。からしを少し付け酢醤油で食べれば、肉の旨味が肉汁と共に口の中に溢れる。どうやら牛のひき肉がアクセントになっているらしく、普段食べている焼売とは一味違う味わいになっていた。
アルヴァーは、パルマハムに添えられた中華とイタリアン両方の冷菜の盛り合わせを興味深そうに口に運んでいた。特に彩りとして昨日も使われていたエディブル・フラワーの美しさに感心したらしく、ゲンさんに育成方法などを質問していた。
ノーチェは、エビチリのオーロラソース掛けを頬張っていた。今日は榛名ちゃんもいるため、辛味を抑えたエビチリに、練乳を加えた甘めのオーロラソースを格子状に掛けた一品になっていた。ゲンさん曰く、あえて和えない方が味のアクセントになって良いという事だった。
また、ノーチェに釣られるように、榛名ちゃんも口の回りをソースだらけにしながらエビチリを頬張り、それを母親の撫子がふき取るという微笑ましい光景も見られた。
そんな皆を、恵子とゲンさんが微笑ましく眺めるといった、賑やかだが何処かほのぼのとした食事風景も終わると、中華料理では定番のデザート、杏仁豆腐と薫り高いジャスミンティーが出され、皆リラックスした顔になった。
ただ、ノーチェと榛名ちゃん、あと甘いものに目がないといった感じの加也は、目の色を変えて杏仁豆腐を胃の中に収めて、おかわりもしていた。
榛名ちゃんは母親に止められていたが、ノーチェと加也は再度おかわりしていたので、後で食べ過ぎで苦しむかもしれなかったが、至福の時間を邪魔しない事にした皆は何も言わず生暖かく見守っていた。後で胃薬でも渡しておけば良いだろう。
撫子は、榛名ちゃんが食後、早くもおねむの時間だったので、ついでに加也も家に送るという事で三人は早々にお暇する事になった。
「それじゃあ、明日は気を付けて。帰ってきたら詳しい報告をお願い。仕入れの参考にするから。――優希ちゃん、皆さんもお休みなさい」
「……明日は見送りに出るつもりだが念のため。留守の間の村の安全は任せておいて欲しい。霧の結界は問題ないだろうが、だからと言って油断するするつもりはない」
撫子が一瞬、戦士の顔になるが、背負った榛名ちゃんが身じろぎすると、途端に穏やかな母親の顔に戻った。
「榛名、しっかり掴まってなさい。今日は美味しい食事をありがとう。加也もしっかり送り届けるよ。それじゃあ、また明日。お休みなさい」
二人は軽く頭を下げると、それに気付いた榛名ちゃんが寝ぼけながら「ばいばい」と呟いた。
手を振り三人を見送ると、優希、アルヴァー、ノーチェは、応接室に移動して明日の準備を始めた。
テーブルの上には、今日の戦利品でもある購入品が所狭しと並んでいる。
まず、優希は、アウトドアショップで購入したバックパック他、各自の装備品を配布して簡単に使い方を説明した。
二人は、バックパックの軽さと頑丈さ、そしてファスナーの緻密さにも驚いたようで、商品としても売れるのは確実だと請け負ってくれた。
ただ、販売するにしても値段が決して安いとはいえないので、今回の取引額をみてから、安いものを数点購入して、それを流通させる事で様子をみる事にした。
「その辺は、ピアンタが上手くやってくれるはずにゃ」
ついで、アルミ製のサバイバルブランケットにも驚かれたが、ノーチェが早速、広げようとしたので、あくまで非常時の緊急用装備で、使い捨てに近い使い方をする事を説明すると、残念そうに耳を寝かせた。
魔法瓶は、何と魔道具に同じような物があるらしい。ただ、普通の魔法瓶と違い、断熱効果の殆どない重く大きい容器を使っているらしく、魔力の消費効率もイマイチな上、非常に高価な品らしかった。
「聞いた限り、この魔法瓶だけでも十分な性能があるようだが、これを元に魔道具化加工を施せば、さらに高性能な物になるはずだ」
「それは夢が膨らみますね」
「魔道具の製作には複数の工程があり、それぞれの職人が分業するのが一般的だが、例外的に一人で作り上げる者もいる。そのような人物が作る魔道具の殆どは性能も高いし高価だ。一人そのような魔法職人を知っているので、上手く交渉すれば、高額で取引出来るかもしれん」
「にゃにゃ。そうして作った魔道具を隊商に売れば大儲け間違いないのにゃ」
猫妖精の隊商は魔道具を中心に仕入れているという話なので、魔法職人と上手く取引が成立すれば、確かに稼げそうだった。
「猫妖精の隊商は何時までミラーレに滞在するんですか? 魔道具化して貰う時間はありますかね?」
「隊商の滞在期間は、大体、三十日位だにゃ。持ってきた商品が九割売れたら、告示が出て帰国準備に入るのにゃ」
アルヴァーは顎に手を当てて思考していたが、二人の視線を受けて口を開いた。
「ふむ。魔道具化の加工に手間取る可能性もあるため、具体的な期間は分からないが、辛うじて一つ出来るかといった所だと思われる。ただ……」
「ただ、何ですか?」
言い淀むアルヴァーに、優希は続きを促したが、返答は曖昧なものだった。
「……いや、実際に交渉しない事には何とも言えないだろう。完成した魔道具の買取りに関しては合意があれば、といった所だろう」
「にゃ~。良い考えだと思ったけど前途多難そうにゃ……」
皮算用の話は一旦置いて、ノーチェに明日の装備を試着して貰う事にした。
今日、買ったものは、防水のロングジャケット。トレッキングシューズと厚手の靴下。そして、ある意味、本命の剣鉈と、ノーチェの装備に一番お金が掛かっている結果になった。
ノーチェは、それらに目を輝かせると、早速、トレッキングシューズに猫妖精用の中敷を入れて、靴下と靴を履き、感触を確かめるために、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「にゃにゃ。靴底は厚いのに、動きやすい上に、もの凄く軽いにゃ! これは良いものにゃ~」
調子に乗って反復横とびのような動きを始めたノーチェを落ち着かせて、ロングジャケットを試着して貰う。
紺色だが比較的明るめな色のジャケットは、優希の予想通りノーチェの体型には少し大きかったが、それが丁度ローブのような感じになり思いのほか似合っていた。
ノーチェは、一つずつ確認するように、ポケットやファスナーの具合を確かめたり、袖を引っ張って強度の確認した。
フードも、大きめのサイズを選んだ結果、ノーチェの耳の分を入れても問題なく被る事が出来たので、優希は一安心した。
「これも凄いにゃ! 生地は薄くて軽いのに、もの凄く頑丈そうだにゃ。防水だと普通は、もっとゴワゴワか、皮製で、もの凄く重くなるんだけどにゃ~」
凄いを連呼して飛び跳ねるノーチェに微笑みつつも、本命の武器を手渡す事を少し躊躇する。仮にも隊商の一員として長い旅をして来た経験があるので、大丈夫だとは思うが、優希は少し心配になった。
「ノーチェ、少し落ち着いて。最後はこれを試して貰うから。――これは、剣鉈といって、枝打ちや狩猟とかに使うもので、頑丈で護身用に使えるから」
優希は、予め用意してあったベルトに剣鉈の鞘を装着して、ノーチェに手渡した。
ノーチェは一転、真面目そうな顔になると鞘の止め具を外し、ゆっくり刀身を引き抜いた。
「ほう」
アルヴァーが思わず感嘆の声を出したが、ノーチェは瞳孔を細めて刀身を静かに確認している。
やがて、刀身を前に突き出すと、ヒュンと音を立てて剣鉈を振るった。
続けて、数回、剣鉈を振るうと、ヒュンヒュンと風切り音が響いた。
そしてヒュンヒュン、ヒュンヒュン、ヒュンヒュン、ヒュンヒュンと風切り音が続き――……、
「わっー、ストップ、ストップ!」
慌てて、ノーチェを止めた。
「――ちょっと調子に乗ったにゃ~……」
ノーチェは少し息を荒くしながら、反省の意を示した。どうやら凄く気に入ってくれたようだが、刃物を持たせるのは危険かもしれないと思った優希だった。
※ノーチェはショートソードを装備した。
攻撃力が+25あがった。





